天満つる明けの明星を君に②
その時雛乃は、芙蓉と柚葉と共に客間で茶会を開いていた。

おしゃべり好きのふたりが楽しそうに話しているのを見ているだけでも幸せで、どちらかと言うと痩せぎすの雛乃の前には甘い菓子がずらりと並んでいた。


「もっと沢山食べて太らないと。ああでも胸は十分あるから天満さんも安泰ね」


「な…何の話ですか…」


顔を赤くしてどもっていると、廊下側の襖越しに何者かの静かな女の声がした。


「奥方様、少しよろしいでしょうか。主さまに見て頂きたい件が…」


「紬ね?お入りなさい」


芙蓉が招き入れた女はとても理知的で仕事ができそうなまだ若い女だった。

この時点で、紬の存在は天満から聞いていたため、雛乃は無礼にならない程度の上目遣いで紬をちらちら見ていた。

…この娘が天満が言っていた、妹のような存在――

人が儚く死んで行ってしまうことに胸を痛める妖など、そう居ない。

天満の場合は母が人だったため、特に痛みを感じるのだろうと感傷的になった雛乃は、紬が真っ直ぐこちらを見ていることに気付いておたついた。


「あ、あの…?」


「あなたが…天様の…」


「ええそうなの。いずれ天満さんと夫婦に…」


「あ、あのっ、雛乃と申します。天様からはよくあなたのお話を聞いています」


芙蓉が説明しようとしたところに口を挟んで自己紹介した雛乃は、夫婦に、と芙蓉が言った時紬が目元を細めたのを見たからだ。

…初対面なのに、すでによく思われていない。

常に他人の顔色を窺って生きて来たから、それがとてもよく分かる。


――しゅんとしながら言うと、紬はすっと背筋を伸ばして三つ指をつき、深々と頭を下げた。


「天様には日頃良くして頂いております。どうぞお見知りおきを」


なんだか険のある言い方だなと思ったのだが、それは芙蓉と柚葉も同じだったらしく、皆でおたおた。


「ま、まああなたもお茶をどうぞ」


「いえ、お気遣いなく。…雛乃様、お会いしてみたかったので嬉しゅうございます。では失礼致します」


何の無駄もない所作で頭を下げて客間を出て行った紬に、一同ぽかん。


「あらあら…もしかして雛乃さん、宣戦布告されたのじゃない?」


「えっ」


紬の想いを知らないのは、天満だけ。

好敵手の出現に雛乃は顔を青くして慌て、芙蓉と柚葉は波乱の恋模様に興奮して――騒いだ。
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