天満つる明けの明星を君に②
紬という存在に自室で悶々としながら正座していた雛乃は、見かたによっては確かに宣戦布告と取れるあの態度をどう捉えていいのか悩んでいた。

だが悩んではいるが、とても譲れるほど寛容でもなく、あの男ならば、誰もが欲しがるに決まっている。

そんな男に見初められたのだから、自信を持てればいいと思うが、やはり自分の前世だという雛菊の存在がちらちら頭をよぎる。


「譲るわけ、ないじゃない…」


「何が?」


「!」


振り返ると、音もなく襖を開けて出入り口に立っている天満の姿――

いや、天満なのだが、湯上がりなのか、頬が上気して髪もちゃんと拭いていないのか髪先から水滴が落ちているのを見た雛乃は、思わず小さな悲鳴を上げた。


「え…な、なに…?」


「い、いいえ、何でもありません…」


急に動悸がしてきて、心臓に悪い光景を見せるんじゃない、と内心天満を叱りつけた雛乃は、頓着なく歩み寄って来て目の前に座った天満をじっとりとした目で見た。


「なんか言いたいっていう顔してるけど?」


「いいえ、なんでも!天様、ちゃんと髪を拭いて下さい!…髪だけじゃなく身体も濡れてるじゃないですか!その手拭い貸して下さい!」


暁付き役の世話係になってからは、そういうのが目に付くようになり、天満の手から手拭いを奪い取った雛乃は、力を込めてごしごしと天満の首筋を擦った。


「痛い痛い」


「そういうお姿を見せるのはどうかと思いますよ!」


「何が?」


「…百鬼の女の皆さんには目の毒です」


「別にどう思われようが気にしてないよ。そういうの気にしてるときりがないし」


「それは皆さんが気の毒です。天様鈍感だから気付いてないかもしれませんけど、もうそれは…それはすごい人気なんですからね」


成人している中では鬼頭家唯一の独り身であり、しかも朔と輝夜を足した透き通るような美しさを持ち、やわらかく低い声の持ち主ともなれば、女ならば声をかけられただけで失神する者も在るかもしれない。

それを全く気にも留めていない所がなんだか腹立たしく、ぷんぷん怒る雛乃にふっと笑いかけた天満は、雛乃の脇をひょいっと抱えて横向きにして膝の上に座らせた。


「!!」


「ねえ、ちょっと話を聞いてくれる?」


とても話を聞くような体勢ではなかったが、固まってしまった雛乃はかくかくとした動作で頷くことしかできなかった。
< 208 / 213 >

この作品をシェア

pagetop