天満つる明けの明星を君に②
畳に突き立てられた爪は食い込み、血管が浮き出ていた。

うつ伏せになって呻く天満のあまりにも苦しそうな表情に半泣きになった雛乃は、その手に触れようとして伸ばした手を出したり引っ込めたりしていた。

普段穏やかで怒っている所を見たことのない雛乃は、天満が度々見るという悪夢の恐ろしさに震えつつも、今までまともに男に触れたことのない事実さえも忘れて、とうとう――天満の手の甲にちょん、と触れた。


「天様…だい、大丈夫ですか…?」


「ぅ…っ、雛…雛ちゃ……」


「っ!」


天満には常々‟雛乃さん”と呼ばれている雛乃は、唐突に‟雛ちゃん”と呼ばれて動きを止めた。

…いつからそう秘密裏に呼んでくれていたのだろうか?

もっと親しくなりたいと思ってくれていたのだろうか?


「天様、大丈夫ですよ…私が…私と暁様がついていますからね…?」


天満が微かに目を開くと、虚ろな表情で見つめてきた。

ここで目を逸らしてはいけない――自分に言い聞かせながら見つめ返していると、天満がふわりと笑った。


「雛ちゃん…良かった…今までのは…夢だったんだ…。生きてる…雛ちゃん…」


「天様…?なんの話…きゃぁっ」


急にぐいっと手を引かれて踏ん張れなかった雛乃の視界が反転すると、いつの間にか押し倒されているような恰好になって、息が止まった。


男に…天満に触れられている。

しかもこんなに身体が密着して…骨ばった天満の身体の感触が直接伝わってきた。


「雛ちゃん…雛ちゃん……」


耳元で低い声で囁かれてぞくりとした雛乃は、身体の内側から猛烈に競り上がってくる血の巡りに全身が熱くなって息も絶え絶えになっていた。


「天…天満…様…」


「ずっと傍に居て…僕が守るから…今度は…絶対に…」


首筋を天満の髪がくすぐった。

そしてやわらかく――雛乃の首筋に牙が突き立てられた。


それは鬼族にとって最上級の、愛情表現だった。
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