天満つる明けの明星を君に②
その後天満の部屋には雛乃の荷物が運び込まれた。

とはいっても着の身着のまま状態で幽玄町に辿り着いたため、ほとんどが朔たちが用意してくれたものなのだが――

雛乃はおずおずしつつ天満の部屋に入り、ふたりでも十分すぎるほど広いことを確認すると、部屋の隅で正座した。


「どうしてそんな隅に座ってるの?これからは君の部屋でもあるんだから好きに使っていいよ」


「でも…でも…男女同衾するべからずと教わってきたので…」


鬼族はあまり貞操観念が無く、雛乃のように身持ちの固い女は少ない。

隅に置いてあった衝立を指すと、本棚から本を取り出してぱらぱらと捲っている天満を見上げた。


「あれは使ってもいいですか?」


「いいよ、着替える時とか寝る時とか必要だろうし」


あくまで自然体の天満に対してがちがちに緊張していた雛乃だったが、同じ部屋だからといって天満が襲ってくるでもなく、むしろ惚れた男を見放題できるわけだと開き直ってもぞりと天満に近付いた。


「本…好きなんですか?」


「うん、お祖父様の影響でね。主に活劇だけど、女の子が読みそうなものなら芙蓉さんが沢山持ってたはず。聞いてみてあげようか」


はい、と返事をした雛乃は、天満とふたり大きな火鉢の前に座って火の揺らめきを見つめながら、穏やかな気持ちになっていた。

目の前には優しい笑みを浮かべた天満が座っている――

成り行きでこういう状況になったとはいえ、こうして天満が傍に居てくれるのならば、何も怖いことは起こらないと信じていた。


「若様…早く帰ってくれればいいのに」


「ここまで追いかけてくるんだろうから、よっぽど君が好きなんだろうね。誇れることだよ」


「…好いた方でなければ嫌です。い、いえ、そもそも私はどなたにも嫁ぎませんから」


「まあまあそう言わず。所帯を持つのも幸せのひとつだよ」


…言葉に重みがあった。

ずきんと胸が痛んで拳を握り締め、炎に見入っているふりをした。
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