天満つる明けの明星を君に②
「坊ちゃま…爺は心配でございます…。ここは魑魅魍魎が集う最前線。雛乃様もご婚約とのこと。坊ちゃまにはもっと良い娘が居ります」
「うるさいぞ爺。俺は雛乃以外考えてない。やっと父上を説得して雛乃を嫁に認めてもらったんだ。連れて帰ってすぐ祝言を挙げる」
――雛乃が遠野を出奔してそれは盛大な癇癪を起こした吉祥が心配で幽玄町までついて来た鬼脚家付きの爺は、白く長い顎髭を撫でながら唸った。
…相手が悪い。
鬼頭家は鬼族の雄であり、ひいては始祖ともいえる存在で、しかも百鬼夜行の当主の弟だ。
全てにおいて才覚があり、圧倒的な美貌と誰をも惹きつける魅力がある。
三男とは言えあの落ち着いた佇まい、色気、限界まで鍛え抜かれた身体――吉祥が敵う相手ではない。
「屋敷内をうろつくなとああだこうだ言われて雛乃の部屋の場所も教えてくれなかったんだぞ。あの青い男…ああ恐ろしい」
雪男は吉祥に侵入してはならない場所、許可なく屋敷内をうろついてはならないことなど禁止事項を山ほど吉祥に伝えていた。
その間一切目を逸らさず吉祥を見据えていたため、悪寒のような恐怖をずっと感じていた吉祥は、すぐ雪男が苦手になった。
ここには自分の味方は爺しか居ない――
「坊ちゃま、出歩いてはならぬと雪男様が仰っておられましたぞ」
「ふん、庭を歩く位許されるだろうが」
整備され尽くした庭を縁側沿いに歩いていると、ふたりの女が冬の日の柔らかい日差しの下縁側に座って談笑している姿が在った。
「な、なんだあの美女らは…」
片方は真っ赤な目のいかにも気が強そうな美女で、片方は可憐で怒ったことがなさそうな美女。
ぽうっと見惚れているうちにふたりが気付いて目が合うと、鼻の下が伸びた吉祥は何故か忍び足になりながら愛想笑いを浮かべて近付こうとした。
だが気の強そうな方がぷいっと顔を逸らしてもうひとりの手を取って部屋の奥へ消えると、吉祥は地団駄を踏んでそれを悔しがった。
「なんなんだ失礼な!」
「坊ちゃま、あの方々は主さまの奥方様とご兄弟の…」
「そんなことは分かってる!俺だって名家の者だぞ!礼節がない!」
…名家と言えど、格が違いすぎる。
爺はそれを口に出さず、吉祥の癇癪が治まるのを待った。
「うるさいぞ爺。俺は雛乃以外考えてない。やっと父上を説得して雛乃を嫁に認めてもらったんだ。連れて帰ってすぐ祝言を挙げる」
――雛乃が遠野を出奔してそれは盛大な癇癪を起こした吉祥が心配で幽玄町までついて来た鬼脚家付きの爺は、白く長い顎髭を撫でながら唸った。
…相手が悪い。
鬼頭家は鬼族の雄であり、ひいては始祖ともいえる存在で、しかも百鬼夜行の当主の弟だ。
全てにおいて才覚があり、圧倒的な美貌と誰をも惹きつける魅力がある。
三男とは言えあの落ち着いた佇まい、色気、限界まで鍛え抜かれた身体――吉祥が敵う相手ではない。
「屋敷内をうろつくなとああだこうだ言われて雛乃の部屋の場所も教えてくれなかったんだぞ。あの青い男…ああ恐ろしい」
雪男は吉祥に侵入してはならない場所、許可なく屋敷内をうろついてはならないことなど禁止事項を山ほど吉祥に伝えていた。
その間一切目を逸らさず吉祥を見据えていたため、悪寒のような恐怖をずっと感じていた吉祥は、すぐ雪男が苦手になった。
ここには自分の味方は爺しか居ない――
「坊ちゃま、出歩いてはならぬと雪男様が仰っておられましたぞ」
「ふん、庭を歩く位許されるだろうが」
整備され尽くした庭を縁側沿いに歩いていると、ふたりの女が冬の日の柔らかい日差しの下縁側に座って談笑している姿が在った。
「な、なんだあの美女らは…」
片方は真っ赤な目のいかにも気が強そうな美女で、片方は可憐で怒ったことがなさそうな美女。
ぽうっと見惚れているうちにふたりが気付いて目が合うと、鼻の下が伸びた吉祥は何故か忍び足になりながら愛想笑いを浮かべて近付こうとした。
だが気の強そうな方がぷいっと顔を逸らしてもうひとりの手を取って部屋の奥へ消えると、吉祥は地団駄を踏んでそれを悔しがった。
「なんなんだ失礼な!」
「坊ちゃま、あの方々は主さまの奥方様とご兄弟の…」
「そんなことは分かってる!俺だって名家の者だぞ!礼節がない!」
…名家と言えど、格が違いすぎる。
爺はそれを口に出さず、吉祥の癇癪が治まるのを待った。