いつも、ずっと。
「乗せてくれてありがとう。傘持っとらんやったけん助かった。もうずぶ濡れは勘弁。じゃ、またね友也」



声をかけられずにいる俺を振り返ることもなく、明日美は車を降りていった。



『またね』なんて。

もう俺なんかに会いたいとは思わないんじゃないだろうか。

俺はもしかしたら、取り返しのつかない間違いを犯してしまったのかもしれない。

でも、青柳さんから言われたことを試してみたいと思ってしまったのも事実だ。



『本気で明日美と結婚したかって思うとなら、一度距離ば置いてみたほうがよかと思う。離れてみてお互いの気持ち、確かめてみたらどうかな。近すぎて見えんごとなっとることのあるんじゃなかと?』



俺と明日美は確かに距離が近すぎたのかも。

俺がフリでも明日美と付き合うつもりがなかったのは、適度な距離を保ちたいと思っていたからなのに。

付き合ってお互いの気持ちを確認してしまうと、次はそれ以上を求めてしまうんじゃないかという懸念があったから。

きっと一度満たされてしまうと、最初は幸せに感じていてもそのうち物足りなくなる。

若いうちは特に自分の感情をコントロールするのは難しい。



精一杯強がっていた明日美の背中を追いかけたかった。

『俺が悪かった、ごめん』と謝ってその震えている体を抱きしめたかった。

だけどそんな勇気もない俺は、ただ黙って見送ることしか出来ない弱虫野郎だ。



全身から力が抜け、車から降りることもわずらわしくてボーッとしたままフロントガラスを伝う雨を眺める。

するとアパートの二階の部屋に電気が点いたのが目に入った。

あそこは明日美の部屋。

カーテンは最初から閉まっていたようだから明日美が窓に近付くことはないだろうと思うけど、どうしても窓から視線を逸らせなかった。



すると、カーテンが微かに揺れたように見えた。

でもフロントガラスは雨で濡れているから、雨のいたずらでそう見えたのかもしれない。

あるいは俺の願望が見せた幻かも……。



田代先輩は青柳さんに結婚を申し込むまで二ヶ月くらいはかかりそうだと言っていた。

それまでの間、明日美を誤解させたままで本当に大丈夫か?



明日美がそばにいてくれるのが当たり前だと思っていた。

これから先もずっとそばにいられると。



俺はどうしようもない愚か者だ。



< 62 / 108 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop