目覚めると、見知らぬ夫に溺愛されていました。
心配ない、と言い切る彼の力強さに、私はほっとした。
でも、何千人もの社員を抱えた製薬会社の社長さんでしょ?
本当にこんなところで休んでいていいのかな?
私は社員の人達に申し訳なく思いながらも、清浄な空気を胸一杯に吸い込んだ。

明るい緑の中を、私達は山頂目指して歩く。
ふと、前を行く蓮司さんの背中を見て、仕事中の彼はどんなだろうと想像した。
だけど、思い出そうとすると頭に靄がかかる。
思い出せるのは、最近の記憶だけ。
蓮司さんのことは、病院からの記憶しかなかった。

「百合?疲れた?」

考え事をしていると蓮司さんが覗き込んだ。

「え?ううん。全然。もっと歩けるよ?」

「そう。あと、もう少し……ほら、頂上が見えた!」

私の手を引き、少し前を歩く彼がはるか向こうを指差した。
鬱蒼とした森の翳りの向こうに見える光明、それは私の心を軽くした。
記憶に靄がかかっていても、きっとその先に光はある。
そんな風に思えた。
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