目覚めると、見知らぬ夫に溺愛されていました。
彼女の美しい顔が、一瞬歪みそして、怪しく微笑む。
綺麗な人の顔が歪むのはとても怖いと、この時初めて思った。
完璧な構図で描かれた絵画が、少し何かを変えると禍々しく見える……まさにそんな感じだった。
私は彼女に向かって手を伸ばした。
いや、実際は封筒に向かってだけど。

「それ、渡してもらえますか?」

そう言って、ふと考えた。
取引に良くある交換条件とかはないのだろうか?
それが気になったけど、こちらから聞くのはちょっとおかしいし「じゃあせっかくだから……」と聞けないお願いを切り出されても困る。

「もちろんいいわよ!はい!」

元気良く言った彼女は、なぜか大きく上に向かって腕を伸ばした。
腕は放物線を描き、頭上をスローモーションで何かが飛んでいく……それを見て、私は叫びながら駆け出した。

「な、何をっ!?」

彼女はデータの入っている封筒を、後方まで投げたのだ。
封筒を目で追いながら慌てて走りよると、それは歩道橋の階段付近にパサッと軽い音を立てて落ちた。

「どうしよう、壊れてないかな……」

屈み込み封筒を拾い上げて、中身を確かめる。
中には黒いUSBメモリーが一つ入っていて、外側から見ただけでは無事かどうかはわからなかった。
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