[短編]メンヘラになりたかった私
メンヘラになりたかった私
「じゃあ、鈴木さん。
最初の段落を読んでください」
「分かりました」
ガシャ、と鈍い音を出して
椅子から立ち上がり、
国語の教科書を片手に読み始めた。

そのとき、カーテンがふわりと揺れた。
窓の向こうには晴天が広がって、
乾いた秋風が教室へとやって来ている。

今は、国語の授業中。
教科書を読んでいると、
クラスメイトたちが
視界の隅にチラつく。

小さめの声で雑談をする人。
ノートの端に落書きをする人。
紙回しをして会話をする人。

私はこの教室のせいで
「普通」になった。
この中学に入学した頃、
そう決まったのだ。

そうなって当たり前だ。
仕方ない、かな。

イジメだって虐待だって
受けたことがない。
家庭不和もなく、
病気がある訳でもない。

マスク依存症でもないので、
たくさん笑ってる。

毎日、楽しく過ごしている。
そう「普通」だ。

それでも、
「結花|《ゆいか》って普通だよね」
「鈴木さんは普通ですよね」
と言われるのはすごく胸が痛い。

理由なんか__。
誰にも言えない、秘密だ。
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