[短編]メンヘラになりたかった私
あの日から数日後。
私はクラスから浮いてしまい、
友達なんて出来なかった。
そのため、昼休みになると
屋上に行くことが多くなった。
普段は立ち入り禁止だけど、
この中学はなんとも不用心で
鍵だけは開いていたのだ。
「わぁー。ここって
風だけは気持ちいいよね。
すっごく居心地良いな」
そんな屋上に今日も来ていた。
私が屋上に通う理由は
ただ一つだけ。
教室で弁当を
一人寂しく食べるなんて
したくないから。
なっちゃんや彼女の友達は
同じクラスだし、
あの教室に居たくない。
だけど、そんな場所に比べて
屋上はすごくいいなと思う。
嫌なことも忘れるくらいに。
「なんで私って普通なんだろ」
屋上のフェンスにもたれて
そう呟いたとき、
視界に誰かが写った。
その方向を見ると、
相手も私を見ていた。
目が合って、
相手が誰なのかすぐに分かった。
「あ、結花。また来たんだ」
違うクラスの宮野(みやの)くんだ。
私が屋上に通い始めた頃、
たまたま出会った男子。
たまに話すようになったかと思えば、
今ではとても話している。
屋上の出入口の小さな屋根に上り、
授業をサボっているよう。
宮野くんが参加するのは
体育の時間だけだと言う。
人見知りみたいなとこあるし
授業はサボるし、
体育にしか興味無いし。
なんか、不思議な人。
「別にいいじゃない。
友達いないんだから」
「相変わらず寂しいやつ」
「うるさいよ」
それでも、
こんな不思議な人でも
悪い感じの人ではないと思う。
確かにサボりはダメだけど、
宮野くんと過ごしていると
意外にも素の自分が出る。
むしろ、気楽だと思える。
「あ、私のことを
呼び捨てにしないでよ。
しかも、下の名前で」
私が男子に呼ばれる時は
「鈴木」が多い。
なのに、男子に下の名前で
呼び捨てにされるなんて。
「悪いかよ。結花」
「お願いだから、やめて」
投げ捨てるように言っても、
彼は無邪気に笑ってる。
なんてバカなの。
「あ、弁当食べなきゃ」
宮野くんと話していたら、
弁当のことなんて
すっかり忘れていた。
出入口の近くに座って
弁当を食べ始めると、
「美味そう」
とまた宮野くんが寄ってきた。
「何よ。あげないからね」
そう言ったとたん、
「もらうぞー」
なんて言いながら取ろうとするから
私はお箸の持ち手のほうで
彼の指をつまんだ。
「あげないって言ってるでしょ。
どうせ早弁したくせに」
お箸に力をかけると、彼は
「めっちゃ痛いなー。ケチ」
と観念したみたいだった。
宮野くんと話しているから、
あの日のことを忘れた訳じゃない。
逆に辛くて苦しくて、
忘れることなんて出来ない。
ただ思い出したくなかった。
私が唯一、素の自分でいられる
ほんの一時。
ただ、それを守りたかった。
そんなことを考えていたら、
「宮野くん。普通って何だろ」
と言ってしまった。
すると、彼は私が止める前に
「この世に普通なんてねーだろ」
と言い切った。
「えっ…?どうして……?」
普通なんてたくさんある。
なのに、どうして
そんなことが言えるの。
「だから、普通なんて
誰一人もいないんだよ。
みんな、それぞれの個性じゃん」
「それに、病気も事故も
誰にでも起こりうることだ。
家庭不和とかマスク依存症も。
全部あるんだよ。
だから、普通なんて存在しねー」
「俺も、結花も、普通じゃねーよ。
だからといって、異常とか
変だって訳でも無い。
ただ、お前には何かあると思った」
彼はただ真剣に、
そしてたまに優しく笑っていた。
「新入生の歓迎会、体育館で
結花を見かけたんだよ。
そのとき、すげー寂しい顔してた。
それで思った」
「何かあるなって。
お前はそれに気付いてほしいと
思ってるんじゃないかって」
「……なんて、
綺麗事だったらごめんな」
間をとって、最後にそう言うから
私は必死に否定した。
そして、コンクリートの床に
置いてた宮野くんの手を
そっと握った。
すごく、温かい。
「宮野くん、ありがとう」
涙に耐えてそう言うと、
彼は下を向いてた私の頬を
手でそっと包み込んだ。
そして、顔を上にあげられ
彼と目が合う。
「結花、一人で抱えんなよ」
そう言った彼の顔は
とても優しいもので、
私はあの日の記憶を忘れた。
宮野くんに、出会えてよかった。
END
私はクラスから浮いてしまい、
友達なんて出来なかった。
そのため、昼休みになると
屋上に行くことが多くなった。
普段は立ち入り禁止だけど、
この中学はなんとも不用心で
鍵だけは開いていたのだ。
「わぁー。ここって
風だけは気持ちいいよね。
すっごく居心地良いな」
そんな屋上に今日も来ていた。
私が屋上に通う理由は
ただ一つだけ。
教室で弁当を
一人寂しく食べるなんて
したくないから。
なっちゃんや彼女の友達は
同じクラスだし、
あの教室に居たくない。
だけど、そんな場所に比べて
屋上はすごくいいなと思う。
嫌なことも忘れるくらいに。
「なんで私って普通なんだろ」
屋上のフェンスにもたれて
そう呟いたとき、
視界に誰かが写った。
その方向を見ると、
相手も私を見ていた。
目が合って、
相手が誰なのかすぐに分かった。
「あ、結花。また来たんだ」
違うクラスの宮野(みやの)くんだ。
私が屋上に通い始めた頃、
たまたま出会った男子。
たまに話すようになったかと思えば、
今ではとても話している。
屋上の出入口の小さな屋根に上り、
授業をサボっているよう。
宮野くんが参加するのは
体育の時間だけだと言う。
人見知りみたいなとこあるし
授業はサボるし、
体育にしか興味無いし。
なんか、不思議な人。
「別にいいじゃない。
友達いないんだから」
「相変わらず寂しいやつ」
「うるさいよ」
それでも、
こんな不思議な人でも
悪い感じの人ではないと思う。
確かにサボりはダメだけど、
宮野くんと過ごしていると
意外にも素の自分が出る。
むしろ、気楽だと思える。
「あ、私のことを
呼び捨てにしないでよ。
しかも、下の名前で」
私が男子に呼ばれる時は
「鈴木」が多い。
なのに、男子に下の名前で
呼び捨てにされるなんて。
「悪いかよ。結花」
「お願いだから、やめて」
投げ捨てるように言っても、
彼は無邪気に笑ってる。
なんてバカなの。
「あ、弁当食べなきゃ」
宮野くんと話していたら、
弁当のことなんて
すっかり忘れていた。
出入口の近くに座って
弁当を食べ始めると、
「美味そう」
とまた宮野くんが寄ってきた。
「何よ。あげないからね」
そう言ったとたん、
「もらうぞー」
なんて言いながら取ろうとするから
私はお箸の持ち手のほうで
彼の指をつまんだ。
「あげないって言ってるでしょ。
どうせ早弁したくせに」
お箸に力をかけると、彼は
「めっちゃ痛いなー。ケチ」
と観念したみたいだった。
宮野くんと話しているから、
あの日のことを忘れた訳じゃない。
逆に辛くて苦しくて、
忘れることなんて出来ない。
ただ思い出したくなかった。
私が唯一、素の自分でいられる
ほんの一時。
ただ、それを守りたかった。
そんなことを考えていたら、
「宮野くん。普通って何だろ」
と言ってしまった。
すると、彼は私が止める前に
「この世に普通なんてねーだろ」
と言い切った。
「えっ…?どうして……?」
普通なんてたくさんある。
なのに、どうして
そんなことが言えるの。
「だから、普通なんて
誰一人もいないんだよ。
みんな、それぞれの個性じゃん」
「それに、病気も事故も
誰にでも起こりうることだ。
家庭不和とかマスク依存症も。
全部あるんだよ。
だから、普通なんて存在しねー」
「俺も、結花も、普通じゃねーよ。
だからといって、異常とか
変だって訳でも無い。
ただ、お前には何かあると思った」
彼はただ真剣に、
そしてたまに優しく笑っていた。
「新入生の歓迎会、体育館で
結花を見かけたんだよ。
そのとき、すげー寂しい顔してた。
それで思った」
「何かあるなって。
お前はそれに気付いてほしいと
思ってるんじゃないかって」
「……なんて、
綺麗事だったらごめんな」
間をとって、最後にそう言うから
私は必死に否定した。
そして、コンクリートの床に
置いてた宮野くんの手を
そっと握った。
すごく、温かい。
「宮野くん、ありがとう」
涙に耐えてそう言うと、
彼は下を向いてた私の頬を
手でそっと包み込んだ。
そして、顔を上にあげられ
彼と目が合う。
「結花、一人で抱えんなよ」
そう言った彼の顔は
とても優しいもので、
私はあの日の記憶を忘れた。
宮野くんに、出会えてよかった。
END