好きなんかじゃない
きれいだなぁ。
何となく近寄りがたくて、私は保冷剤が見つかっても少しの間冷蔵庫のところで二人を見ていた。
藤田は、慣れた手つきで処置をしていく。
ガーゼを傷に合わせて切り、テープで固定する。
そして立ち上がって、かごから白いタオルを取り、水道で濡らした。
絞って、椅子に戻る。
そして、槇原さんの手を拭き始めた。
私は、のぞき見をしているようでばつが悪くて、保冷剤を手に藤田に近寄る。
と、このままじゃダメかな……
私は、さっき藤田がタオルを取ってきたかごから、なるべくけば立ってないタオルを取って保冷剤をくるんだ。
藤田に、タオルでくるんだ保冷剤を手渡す。無言で。
さらに藤田が槇原さんに保冷剤を手渡す。
見ては悪いような気はしたけれど、私はそっと槇原さんの顔を覗き見る。
槇原さんはまたはらはらと涙を流していた。
藤田が怪我をしていないほうの頬に触れる。
「痛かったの?」
槇原さんはうなづく。
藤田は優しく「怖かったよね」と言った。
「みゆうちゃんは誰にでも優しいからねぇ」
槇原さんはうつむいた姿勢で保冷材のタオルに顔を押し付けながら泣いている。
藤田は声色は優しく頭をなでた。
藤田は槇原さんが好きなのかな。
私はなんとなく、二人を見つめて保健室の端に一人で立っていた。
保健室の立て付けの悪い扉が音を立てる。
「おーい。マリ!お茶とジュースどっちが……いい?」
ゆりちゃんが「失礼します」ともいわず保健室に入ってきた。
言葉が途切れたのは、扉を開けるのがしんどかったかららしい。
そういえばゆりちゃん、派手に喧嘩したのに怪我一つしてないんだなぁ。
鶴乃さんは怪我してないだろうか?
事情はよく分からないけど、きっと悲しいんだろな。
ゆりちゃんは、ひとりスッキリしたのか、笑顔で缶ジュースを3本抱えて入ってきた。
藤田は槇原さんをなでていた手をとめて、ゆりちゃんを見る。
ゆりちゃんは私を見つけると、まっすぐ歩いてくる。
「どっちにする?」
ゆりちゃんは私の前に、ミルクティーとオレンジの炭酸を差し出した。
「ありがとう。
ミルクティー、もらってもいい?」
私は答える。
ゆりちゃんは私にミルクティーの缶をよこすと、槇原さんにはもう片方のオレンジの炭酸を渡した。その足で近くのソファまで歩いていき、座って自分の缶を開けて飲みだした。
炭酸の抜ける、プシュッという音が保健室にひびく。
ゆりちゃんにとってあまり藤田と槇原さんは問題ではないらしい。
あまり気に留めることなく、ジュースを飲む。
私もその場で、缶を開ける。
炭酸ほどではないが、缶から空気の抜ける音がした。
ミルクティーの甘いにおいがする。
そこで初めて、私は喉が渇いていたことを思い出した。
「おいしい。」
「そりゃ、よかった。」
ゆりちゃんが言う。
その時、ふいに藤田が
「ねぇ、俺の分はないの?」
と聞いた。
ゆりちゃんは、ジュースを飲みながら
「いつの間にか増えてる奴のことは知らない。
あと、300円しか持ってなかった」
やっぱり藤田は気に入らないらしい。
そっけない返しをする。ぴりついた空気に今度は槇原さんが居心地が悪そうだ。
もう泣いてはいないが、手元で缶をもてあそんでいる。
「ふーん、じゃあ、いいや。」
藤田がそう言うと、急に私のほうを振りむいた。
「ねぇ蔵本、それ一口ちょうだい?」
私はいきなり話しかけられて反応できず、固まってしまう。
そのスキに藤田は私の手から缶を奪い取って一口飲んでしまった。
「はい、ありがとう」
缶が私に返却される。
私は素直に受け取るしかない。
ゆりちゃんは複雑な表情で私たちを見ている。
私は手元の缶をじっとみる。これ飲んでいいのかな?
「俺が嘘ついた事怒ってる?」
藤田がゆりちゃんに向かって言った。嘘とは、多分古文の授業を休みだって言ったことだ。
ゆりちゃんは言う。
「別に今更、怒ってないよ。先週の話だし。」
ゆりちゃんは言った。
「なら、よかった。」
藤田はほっとしたように言った。
「で、鶴乃、殴ったんだって?」
藤田はゆりちゃんに言う。
「マリに聞いた?
別に……殴ってはない。突きとばしただけ」
「みゆうちゃん、かばうくらい仲良かったんだ」
藤田が笑う。
一気に不穏な空気になる。
「やめて!」
その時、槇原さんが叫んだ。
「もう、喧嘩はいやだよ。」
槇原さんは消え入りそうな声で絞り出す。
それを聞くと藤田は席を立って、保健室を出ていった。
それからほどなくしてゆりちゃんも出ていく。
最後に残った私と槇原さんの間に会話はない。
また槇原さんが泣きだし、私は静かに保健室を出ていくことにした。
「みんな私のせいなの……」
ひとりごとのように響くその声に私は何も返せなかった。
チャイムが鳴る。
午後の授業が始まったのだ。
音をたてないように扉を閉め、誰もいない廊下を私は歩いて行った。
私は保健室に行ってから、ほとんどしゃべらなかったなぁ。
何となく近寄りがたくて、私は保冷剤が見つかっても少しの間冷蔵庫のところで二人を見ていた。
藤田は、慣れた手つきで処置をしていく。
ガーゼを傷に合わせて切り、テープで固定する。
そして立ち上がって、かごから白いタオルを取り、水道で濡らした。
絞って、椅子に戻る。
そして、槇原さんの手を拭き始めた。
私は、のぞき見をしているようでばつが悪くて、保冷剤を手に藤田に近寄る。
と、このままじゃダメかな……
私は、さっき藤田がタオルを取ってきたかごから、なるべくけば立ってないタオルを取って保冷剤をくるんだ。
藤田に、タオルでくるんだ保冷剤を手渡す。無言で。
さらに藤田が槇原さんに保冷剤を手渡す。
見ては悪いような気はしたけれど、私はそっと槇原さんの顔を覗き見る。
槇原さんはまたはらはらと涙を流していた。
藤田が怪我をしていないほうの頬に触れる。
「痛かったの?」
槇原さんはうなづく。
藤田は優しく「怖かったよね」と言った。
「みゆうちゃんは誰にでも優しいからねぇ」
槇原さんはうつむいた姿勢で保冷材のタオルに顔を押し付けながら泣いている。
藤田は声色は優しく頭をなでた。
藤田は槇原さんが好きなのかな。
私はなんとなく、二人を見つめて保健室の端に一人で立っていた。
保健室の立て付けの悪い扉が音を立てる。
「おーい。マリ!お茶とジュースどっちが……いい?」
ゆりちゃんが「失礼します」ともいわず保健室に入ってきた。
言葉が途切れたのは、扉を開けるのがしんどかったかららしい。
そういえばゆりちゃん、派手に喧嘩したのに怪我一つしてないんだなぁ。
鶴乃さんは怪我してないだろうか?
事情はよく分からないけど、きっと悲しいんだろな。
ゆりちゃんは、ひとりスッキリしたのか、笑顔で缶ジュースを3本抱えて入ってきた。
藤田は槇原さんをなでていた手をとめて、ゆりちゃんを見る。
ゆりちゃんは私を見つけると、まっすぐ歩いてくる。
「どっちにする?」
ゆりちゃんは私の前に、ミルクティーとオレンジの炭酸を差し出した。
「ありがとう。
ミルクティー、もらってもいい?」
私は答える。
ゆりちゃんは私にミルクティーの缶をよこすと、槇原さんにはもう片方のオレンジの炭酸を渡した。その足で近くのソファまで歩いていき、座って自分の缶を開けて飲みだした。
炭酸の抜ける、プシュッという音が保健室にひびく。
ゆりちゃんにとってあまり藤田と槇原さんは問題ではないらしい。
あまり気に留めることなく、ジュースを飲む。
私もその場で、缶を開ける。
炭酸ほどではないが、缶から空気の抜ける音がした。
ミルクティーの甘いにおいがする。
そこで初めて、私は喉が渇いていたことを思い出した。
「おいしい。」
「そりゃ、よかった。」
ゆりちゃんが言う。
その時、ふいに藤田が
「ねぇ、俺の分はないの?」
と聞いた。
ゆりちゃんは、ジュースを飲みながら
「いつの間にか増えてる奴のことは知らない。
あと、300円しか持ってなかった」
やっぱり藤田は気に入らないらしい。
そっけない返しをする。ぴりついた空気に今度は槇原さんが居心地が悪そうだ。
もう泣いてはいないが、手元で缶をもてあそんでいる。
「ふーん、じゃあ、いいや。」
藤田がそう言うと、急に私のほうを振りむいた。
「ねぇ蔵本、それ一口ちょうだい?」
私はいきなり話しかけられて反応できず、固まってしまう。
そのスキに藤田は私の手から缶を奪い取って一口飲んでしまった。
「はい、ありがとう」
缶が私に返却される。
私は素直に受け取るしかない。
ゆりちゃんは複雑な表情で私たちを見ている。
私は手元の缶をじっとみる。これ飲んでいいのかな?
「俺が嘘ついた事怒ってる?」
藤田がゆりちゃんに向かって言った。嘘とは、多分古文の授業を休みだって言ったことだ。
ゆりちゃんは言う。
「別に今更、怒ってないよ。先週の話だし。」
ゆりちゃんは言った。
「なら、よかった。」
藤田はほっとしたように言った。
「で、鶴乃、殴ったんだって?」
藤田はゆりちゃんに言う。
「マリに聞いた?
別に……殴ってはない。突きとばしただけ」
「みゆうちゃん、かばうくらい仲良かったんだ」
藤田が笑う。
一気に不穏な空気になる。
「やめて!」
その時、槇原さんが叫んだ。
「もう、喧嘩はいやだよ。」
槇原さんは消え入りそうな声で絞り出す。
それを聞くと藤田は席を立って、保健室を出ていった。
それからほどなくしてゆりちゃんも出ていく。
最後に残った私と槇原さんの間に会話はない。
また槇原さんが泣きだし、私は静かに保健室を出ていくことにした。
「みんな私のせいなの……」
ひとりごとのように響くその声に私は何も返せなかった。
チャイムが鳴る。
午後の授業が始まったのだ。
音をたてないように扉を閉め、誰もいない廊下を私は歩いて行った。
私は保健室に行ってから、ほとんどしゃべらなかったなぁ。