好きなんかじゃない
「なにやってんの?蔵本、とみゆうちゃん?」

 いきなり後ろから声をかけられる。どきっとして槇原さんと私は同時に振り返った。

「ふ、ふじたくん。」

 藤田が眠そうな顔をしながら昇降口に立っている。槇原さんはたまらない顔をして藤田を見つめた。

「どうした?もう登校のチャイムなった……どうわ!」

 何を言わず飛びつくようにして槇原さんが藤田に抱き着いた、というか泣きついた。ちりとりが派手な音を立てて昇降口の床に落ちて音を立てる。藤田はいきなり抱き着いてきた槇原さんに驚きつつも自分の首元に顔をうずめて……多分、泣いている槇原さんを見て、あきらめたような顔をして片手でくしゃくしゃと頭をなでた。
 私はあっけにとられてしまってしばらくその光景を眺めていたのだけど、藤田がなんか私を見ている。それではっと気が付いた。

「あー……あのね。藤田、おはよう」

「おはよう」

 違うよ藤田。私が泣かせたわけじゃないよ。藤田は挨拶だけでもわかったのか、”仕方のない”という顔をして足元に落ちているちりとりを見下ろした。
 私は所在がなくて箒を持っていないほうの手でちりとりを拾い上げた。で、その様子をじっと見ていた藤田とまた、目があった。 

「戻してきな」

「うん……そうだね」

 槇原さんが藤田から顔を離して私のほうを見た。真っ赤な目、ぼろぼろに泣いてるのにこんなに綺麗だから美人って凄いな。

「まりちゃん、私も……」

「いいよ。すぐそこだから」

「……ごめんね。」

 そんなことないよ。は少し違う気がして言えなかった。さっき開いたばかりなのにもう一度開いた掃除用具入れはなんだかよそよそしいような気がした。

「蔵本」

 掃除用具入れを閉じたところで藤田に声をかけられた。

「?」

 振り向くと、もう藤田には抱き着いていない槇原さんと涙で濡れた肩を手で払う藤田がいた。はらっと水滴がコンクリートの床に落ちて小さな水玉を作る。

「遊びに行こう」

藤田はにやっと笑って言った。槇原さんもハンカチを握りしめながらびっくりした顔をしている。

「え? 藤田君……、なんで?」

先に反応したのは槇原さんだった。

「だってこのまま授業なんか受けられないでしょ? いっそどこか遊びに行ってすっきりしようよ。もしかしてみゆうちゃん、皆勤賞とか狙ってた?」

「そう言うわけじゃないけど……」

「じゃ、行こう。蔵本も来るだろ?」

そう言いながら藤田は槇原さんの手を握った。
余計に二人がどういう関係なのか分からなくなっちゃった。
 でも確かなことは槇原さんは藤田には本当に甘えられることとそれを藤田はいやだとは思ってなさそうなことだ。
 心の奥がちょっとだけ、痛いような気がした。
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