好きなんかじゃない
ふと、水面に目を向けると鴨がこちらに近づいてきていた。

「俺さあ小さい頃、父さんとこの公園の鴨に餌をやりに来たんだよね。パンの耳いっぱい持ってさ、それで鴨に餌をやってたらさ、手をくちばしで挟まれて、びっくりして泣いちゃったんだ。だから、今でも鴨は少し苦手。」

 藤田は懐かしそうな顔をしている。

「鳩は?」

 藤田が不思議そうな顔をした。

「鳩はすきって」

「ああ、鳩には噛まれたことないから。それだけ。」

 藤田は手の中でアイスの包み紙を握りつぶした。もう食べ終わったんだ。早いな。私も食べるペースを上げた。

「急がなくていいよ。」

 すぐにばれた。

「知ってる?諸口先生。今年、初めてうちの高校に来たんだって。今までは都会の女子高で教えてたらしいよ。」

「そう、なんだ。」

「いろいろ押し付けられてさ。大変だよね。」

 藤田はひとごとのように言う。私はさっき死にかけていた諸口先生の姿を思い出した。担任の先生だけど、あんまり話した事ないな。たまに職員室でカギを借りるくらい。
 そうやって考えていたら、いつの間にかアイスを食べ終わっていた。おいしかったな。藤田は私が食べ終わったことを確認すると、立ち上がった。

「さ、蔵本。帰ろうか。夜になっちゃう。」

 本当だ。もう夕焼けは赤く山に沈もうとしている。

「あ、うん。」

「蔵本、駅の場所わかる?」

 私は首を横に振った。ほんとうは私は電車通学じゃないし、ここからまっすぐ家に帰ったほうが近いんだけどもう少し、お話したかった。なんでかはわからないけど、そう思った。

「じゃ、来て。案内するよ。」

 私は藤田と連れ立って歩いていく。
手はつないでくれなかった。別につないで欲しいわけじゃなかったけど。
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