綴る本
 アクールは子供みたいにそっぽを向いて、戦闘している二人に視線を移した。内心では面白くないと思っているだろう。
「もう帰るわ、私。つまらないし、気分転換がてら街に行ってるわ」
 そう言って踵を返し、フミールは背を向けて綺麗な桜色の背中まで流れている髪を揺らしながら訓練所から出ていった。
 その後ろ姿を見送ったユマリスは苦笑を作り、溜め息混じりに呟いた。
「師団長の人達ってホント気紛れ過ぎる」


 ハーメリンスの城下町。王城へと続く長い通りには様々な店が構えていた。声を張り上げて客寄せをする店の人達。あちこちから活気に満ちた喧騒が通りを流れるように過ぎていく。この風景を見ていると、これから戦争を仕掛けるための準備をしている国とは、ハーメリンスに来た外からの人達は思えないだろう。城下町の人々の顔は生気に満ち溢れている。それらの様子を作り出すのはハーメリンス国の王が賢君だからかもしれない。
 賑わう通りの一角にある酒場は昼から騒がしい程の声が飛び交っていた。
 そんな場所の中で、騒がしいとは無縁の雰囲気を纏う紺碧の透けるような髪色の青年が静かにカウンター席に腰掛けていた。その様子はまるでそこだけ空間が切り離されているかのように感じられる。
 青年の肩まで伸びた髪は痛むと言うものを知らないのではないかと思うほど、艶のある美しさが際立っている。
 その青年は髪だけ美しいのではない。
 肌理細やかな真珠ような白い肌に、顔立ちはどんな名画も負ける程の綺麗な容貌である。この容貌を超える美貌などないと思えるくらい相手に綺麗だと認識させるのは、その青年しか成しえないだろう。また、瞳の色も特徴的であった。左右異なる瞳のオッドアイ。左は宝石のような深紅、右は引き込まれそうな黄金。青年の容貌を一度見れば忘れることなど不可能だろう。
 コーヒーを飲み、青年は銅貨をポケットから三個カウンターの上に置いた。
「オヤジ。ここはいつも煩い、いや、賑やかなのか?」
 オヤジことここのマスターは、カウンターに置かれた銅貨を取りながら豪快に笑う。
「ハハハ、ここはいつもそうだ」「街の通りもそうだが、あまりこの国は荒れているように思わない。他の国とは違うようだが……」 青年はコーヒーを一口含み、味わうように喉を通す。程よい苦味が後腐れなくちょうどよかった。
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