星のキミ、花のぼく
あんな誰が見ているともわからないエントランスで話をするわけにもいかず、とりあえず俺の部屋に連れてはきてみたけど……なんだコイツ、普通のヤツだな。
昨夜の俺は、視界に入った女性なら、本当に誰だって構わなかったらしい。
だって、仮にも結婚相手を選ぶのなら、もっと美人なヤツとか可愛いヤツとか……少し華があるヤツを選ぶだろう。
なのにコイツは………まさしく一般人。
人混みに紛れたらきっと、俺はコイツを見つけ出すことができないだろう。
部屋へ連れてこようとしたとき、少し抵抗されたけれど……話がしたいと言えば、コイツは大人しくなった。
とりあえず、リビングのテーブルに向かい合わせに座らせてみたけれど、コイツは不安げな顔をするばかりで……何か俺に危害を与えようとか、そんな様子は感じられない。
それにちらっと腕時計を確認するところを見るに、今を時めくアイドル・悠星の自宅に、長居するつもりもないらしい。
………これがすべて計算かもわからないところが、恐ろしいけれど。
「あの………」
先に口を開いたのは、俺の向かい側に座るコイツ。
「それ、昨日あなたから渡されたものなんですけど、お返ししましたので……」
コイツは不安げにちらっと俺の表情を盗み見ると、下手くそな作り笑いを浮かべた。
「あの……もう、用事は済んだので帰らせてはいただけないでしょうか…?」
この部屋に家族以外の女性を招いて、『帰りたい』と言われたのは初めてのことだった。
だけど、このままノコノコと帰せるわけがないだろう。
俺の個人情報を、お前は知ってしまったのだからな。
情報を漏らすなとか、そういった類の口止めは、亘に連絡して事務所とコイツでやってもらおう。
「俺のこと、誰かわかりますか?」
丁寧な口調で尋ねた俺に、コイツは少し驚きながらも、おずおずと「……悠星…さん?」と疑問形で答えた。
なんで語尾を濁すわけ、俺が悠星だって、頭ではしっかりとわかっているくせに。
「そうです。ではどうして俺がこの場所に来るとお分かりで?」
務めて丁寧に、笑顔を添えて質問している。
穏やかな俺の対応に、『帰りたい』と言っていたコイツもおずおずと答えるしかない様子で……。
「あの……その紙に、紙に…住所が書いてあったので、それを頼りに……ご自宅なのかなって、思って……」
コイツがゆっくりとした動作で指差したのは、俺の手元にある婚姻届。
「正解です。よくわかりましたね。」
とびきりの笑顔を向ければ、コイツの表情が幾分か明るくなった。
作った笑顔にまんまと引っかかっちゃって……。
「でも、そういうことなら、あなたをただでは帰せなくて、ですね」
笑顔のまま淡々と告げると、コイツの顔が強張る。
「アンタは俺の自宅の場所を知ってしまった。俺は芸能人、自宅ばらされちゃ困るんだよね。」
態度を一変した俺に、コイツも焦ったように声をあげる。
「別に、私はそんなことしません…!」
よく言うよ。知ることのできない秘密の情報を知ってしまったとき、それを言いふらしたくてたまらなくなるのが人間の性ってものだ。