星のキミ、花のぼく
このとき、私は警察を呼んでしまえばよかったんだ。酔っぱらいに絡まれたって、通報してしまえばよかったんだ。
そのくらいで通報するのもおこがましいかなとか、芸能人だしトラブルを起こしたってなると大変だよねって、私のなかのお人好し部分が発動して、なにもできなかった。
そして、あまり深く考えもしなかった。この状況が大きなことになるなんて、そのときはわからなかったし、気づかなかった。
大きなため息をついてから、悠星はグラスのウイスキーを一気に煽って、マスターに「つけておいて」とだけ言って店を出ていった。
この一連の出来事が嵐のように突拍子もなくて、私はしばらく、彼が座っていたスツールを見つめてぼうぜんとした。
「やれやれ、困ったものですね。また何か嫌なことでもあったのかな」
ふと、マスターのひとりごちた声で我に帰ると、マスターが私に苦笑いを浮かべていた。
「それ、僕から返してもいいんだけど、どんな相手に醜態を晒したんだって気にすると思うから、よかったら君から返しておいて」
何が起きたのか、まだよくわからなかったが、私は先ほど押し付けられた紙をぼんやりと見つめた。
「今日はお代はいいよ、アイツのところにつけておく。アイツ、早合点で猪突猛進なところがあるから、しっかり話すといい。もしかしたらお詫びに何かしてくれるかもね、ライブのチケットくれたりとか」
そのままマスターに促されて、まだぼんやりとした頭だった私も店を出た。
家に帰って少し酔いの覚めた頭で見ても、どう見ても悠星に押し付けられた紙は、婚姻届。しかも彼の分は記入済みである。
こんなもの、ただの一般人の私が手にしていいような情報じゃない……。
だんだんと時が流れると気づく、事の重大さ。私はなんてことに巻き込まれてしまったのか。
内定も決まっているこの時期、ニュース沙汰になって注目されることは避けたいし、平穏な暮らしを望む私に、こんなのってない。
だって、普通の暮らしでいたいから、あの人とのことだって、私は決別したのだから。