星のキミ、花のぼく
「あの……」
女は遠慮がちにだけど、はっきりと俺に聞こえる声で話しかけてきた。
ああ、面倒くさいな、人がいることに気が付かなかった………ファンの子かな?
出待ちとか、入り待ちとか……どこから情報を仕入れてくれるか知らないけれど、たまにファンの子が待っていたりすることがある。
俺のマンションを突き止めて、押しかけてきたのだろうか。
ちらっと周りの様子を伺い、近くにこの子1人だけしかいないことを確認する。
大勢で押しかけられたら困ったものだけど、相手が1人だけなら、構わず無視してしまえばいい。
彼女のことはまるで見えていないかのように、前をすっと通り抜けた俺に、彼女は少し動揺して声を発した。
……煩わしいな、何か言っている。
手に何か紙らしき物を持っていたし、サインでもねだるつもりだろうか。
「…と…け!…ねえってば!」
無視されたことに怒ったのだろうか、声色が変わった。
馴れ馴れしい声のかけ方。
自分のことしか考えていない、他人の迷惑など露知らず、さすがはここまで追いかけてくるファンって感じ。
けれど俺は、恨みや辛み、何を言われたとしても知らん顔でここを退散させていただく。
「ねえ、だから!婚姻届!」
本当、煩わし………ちょっと待てよ、今なんて言った……婚姻届?
頭が理解した瞬間、振り返ればそこには、昨夜の酔った俺が殴り書きした婚姻届を手にした、若い女が俺のことを睨んでいた。
「あの、これなんですけど…」
聞く耳を持った俺に安心したのか、彼女は落ち着きを取り戻したように極めて冷静に言葉を発した。
逆に俺は、途端にパニックに陥る。
彼女が手にしているのは、どう見ても俺の個人情報がたっぷり記載された、俺の手書きの婚姻届で……。
「ちょっと、待て。こっち来て!」
いや、こんなところ……マンションのエントランスで話していて、パパラッチでもされたのなら、それはまたとんでもないスキャンダルになる。
「え!? ちょっと、何する…」
「いいから、黙ってついてきて。中で話聞くから。」
俺は強引に彼女の腕を掴むと、エレベーターに押し込んだ。
婚姻届に俺の住所が書いてあるから、コイツは、きっとそれを頼りにここまで来たのだろう。
そんな……俺の個人情報をたっぷり知ったヤツを、ただでノコノコと帰すわけにいかないだろう。
だって俺は……世間的には、アイドルとして知られている。
人気上昇中の、アイドル・悠星なのだから。