星のキミ、花のぼく
住所を頼りに来てみたはいいけれど、そこはやはり、かなり高級そうなタワーマンションで……私は生唾を飲み込んだ。
やっぱり、なにも知らないふりをして、シュレッダーにでもかけて形を失くしてしまったほうがいいのだろうか。
でもきっと、……この紙を探すよね。
私の手中にある婚姻届には、今を時めくアイドル・悠星の個人情報がたっぷりと書かれている。
それもきっと、彼の直筆で、だ。
昨夜、バーで会った人物は99%、間違いなく、悠星だろう。
残り1%の迷いは、昨夜の私は、少しお酒を飲んでいたから……でも、お酒に強いほうだと自負している私が、カシオレひと口飲んだくらいで記憶を失くすわけがなくて……。
ああ、脳裏にあの頬を少し染めた端正な顔が残像として焼き付いている。
……夢じゃない、だってあの時、これは夢なんじゃないかって…自分で自分の腕をつねってみたもの。
テレビで見るよりも、雑誌で見るよりも、何倍も、何十倍も…整った顔をしていた。
って、そんなことはどうでもよくて。
私は目の前にそびえ立つタワーマンションを仰いで、大きな溜息を吐き出した。
……婚姻届に記載されている住所を頼りに来てみたはいいけれど、悠星に会ってこれを返せる保障なんてないし。
仮にも相手はブレイク中の芸能人。私のようなごく普通のただの一般人の前に、そうそう簡単に姿を現すとも思えなくて……。
彼の事務所に、届けたほうがいいのかな。
だけど今、悠星はモデルの柚乃とのスキャンダルで大騒ぎされているところだし……それに激昂したファンの女が婚姻届を勝手に提出しようとしている、なんて、勘違いされてもこっちが迷惑だし。
私に、弁解する余地を与えてほしい。
とはいえ相手は一流芸能人、私なんかの意見を聞き入れてくれる可能性など低いだろうなって自分の立場の弱さがわかるから、素直に事務所に届け出ることもできない。
……被害者なのだ、私は。
相手が悠星だとか、そんなこと、正直、どうだっていいのだ。
酔っ払いに絡まれて、突然、『結婚しろ』だなんて、有無を言わさず記入済みの婚姻届を突きつけられて………ああ、あのときの私が、相手の顔を見て少し動揺してしまったのが悪い。
酔ってほのかに頬を赤く染めた彼の顔は、とても綺麗だった。
悔しいけれど、見惚れてしまったのだ。
あまりの美しさに一度思考回路を奪われて、思考が回り始めたときには相手が悠星だと気づいて、この場で大事にすることは彼の置かれている立場的によくないんじゃないかって、つい彼の保身を心配してしまった保守的な自分の分身が現れて……。
ああ……相手が悠星なんかでなければ、すぐにでも警察を呼んでいたのに。