身代わり婚~偽装お見合いなのに御曹司に盲愛されています~
「そんなことはありません。では失礼します」
礼儀正しく言われ、私も慌てて頭を下げた。
声を掛けられたことに、幾分驚いていたのも事実だが、あっさりと別れをきりだされ少し残念な気持ちになったことに自分で驚いた。
「あっ、風邪ひかないで」
柔らかな笑みで私に一歩近づくと、ふわりと首回りが温かくなる。
一瞬だけはっきりと見た表情は、優しくとても素敵だった。
「え?」
そう聞き返した時には、その人は雑踏に消えていた。
冬のにおいに混じり、ベルガモットのような爽やかの中にも微かに甘い官能的な香りが私を包む。
その人の巻いていたマフラーをギュッと握りしめ、その香りにドキドキする。
「ただの変質者なら、通報ものじゃない……何してるのよ」
初対面の誰かも知らない人のマフラーをもらってしまったことも、そんな人にときめいた自分を叱咤すると、私は時間ギリギリになっていたことに気づき、慌てて会社へと向かった。
私の小さな恋心。すぐに忘れ去った時間。