恋と私と魔法のヘアピン

「...ら...セラー！起きてー！」

　ふと意識が夢の世界から浮上する。何か懐かしい夢を見ていた気がする。
　朝は苦手だ。目を開けて眼球だけを動かし周りを見渡すと、母が私の部屋のカーテンを優しく開けていた。

「もう、全然起きないんだから。ちゃんと朝ご飯食べてね？」
「うん、ごめんね。おはよう。起こしてくれてありがとう。」

　朝の光が目に沁みる。あたたかな布団は名残惜しいが、もう急がなければいけない時間になっている。上半身を緩慢な動作で起こし、素足を冷えた空気と床に晒した。と、不意に母の口から音が漏れた。

「あ...。」

　不思議に思い母の目線の先を辿ると、机の上にセラが買ったレディース用のファッション誌が置いてあった。まずい。そう思ったがもう既に遅かった。

「ごめんね、セラにもっといい暮らしをさせてあげられたらよかったのに。高校生の女の子だもの、服やお化粧に興味あるわよね。」

　とても悲しそうな声色で母はそう言った。その姿が痛々しく、セラは努めて明るい声を出した。

「大丈夫だよ、私は見ているだけでいいの。それに学校は制服だし、お母さんは何も気にしなくていいんだよ。」

　セラの家は俗に言う貧乏家庭だ。母の体が弱いせいで働きに出られず、薬代もかかってしまうからだ。ただ、家族の誰もそれを責めたりなんてしない。生きていてくれるだけでいいと、家族仲良く暮らしていければいいとそう思っているからだ。
　しかし、母の服は古いものばかり。化粧品なんて持っていないだろう。もしお金が入ってきたとしても、母自身に使ってほしいと常に思っていた。

「そう...ありがとう。助かるわ。」

　これ以上この話をしても何の意味もない。ただお互いが無意味に傷つくだけだ。セラも母もその事をわかっているから、口を閉ざした。