愛され秘書の結婚事情
「運転手さん、あとどのくらいで着きますか!」
悠臣が叫ぶように訊ねると、これまでの会話をずっと聞いていた老齢のドライバーは、ニヤニヤ笑いながら答えた。
「あと一〇分くらいかね。まあそう焦りなさんな。彼女は逃げやしないよ」
「そうは言っても、僕は一分一秒でも早く彼女のところに行きたいんですっ!」
「どうせプロポーズはもうオーケーもらったんだろ? そうすりゃいずれ、嫌でも毎日顔を見て過ごすようになるんだから、そう焦る必要はないよ」
「でも今は離れてるじゃないですか! とにかく、なるべく早く到着するよう急いで下さい!」
「いやいや、急いで事故ったらなんにもならんよ。わしは安全運転を遵守するよ」
「安全運転で事故らないよう、急いで下さい!」
老ドライバーに発破をかけてから、悠臣は電話口に「もしもし?」と話しかけた。
「聞いた? あと一〇分で着くから。春とはいえまだ夜は冷えるから、ちゃんと暖かい格好をして待ってて」
「はい」
ずっと悠臣とタクシードライバーの会話を電話越しに聞いていた七緒は、彼の態度と言葉、その全てから自分への愛情を感じ、くすぐったい思いで微笑んだ。
そして安全運転のタクシーは、正しく一〇分後、七緒のアパート前に到着した。