愛され秘書の結婚事情

 三和土に立ったまま、悠臣は今朝と同じように、七緒の体を抱きしめた。

 けれど今度は、七緒も抗わなかった。

 長い腕に広い胸の中に閉じ込められながら、彼女は幸せそうに微笑んだ。

 しかし冷えた男の体に触れて、彼女が「クシュン」と小さなくしゃみをした途端、悠臣は慌てて腕を開いて彼女から離れた。

「ごめんっ」

 詫びながら後ずさった彼は、閉じたドアノブに手の甲をぶつけ、「いてっ!」と悲鳴を上げた。

「大丈夫ですかっ」

 すかさず七緒が身を乗り出し、彼のぶつけた手を両手で包む。

「うん、大丈夫」

 悠臣は自分の左手を包む彼女の手を、右手でそっと包んで言った。

「とりあえず上がらせてもらっていいかな」

「はい、どうぞ。あ、コーヒーを淹れたんです。この前と同じドリップバッグですけど……」

「うん。君が淹れてくれるものならなんでもいいよ」

 彼女の手を握ったまま悠臣が言い、七緒はポッと頬を赤らめた。

「桐矢さんて、こんなに口の上手な方だったんですね」

 先にキッチンに上がりながら七緒が言うと、悠臣はニコニコしながら「心外だな。僕の言葉は全て本心だよ」と言った。
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