愛され秘書の結婚事情

「旧家の生まれというだけで、意に染まぬ人生を強要されていた君の、背負った重荷。僕は自分の全人生を賭けて、その狭い世界から君を救い出したい。だから君の見合いをぶっ潰して、父親の驕りもぶっ壊して、君を自由にしてあげたい。そのためのプロポーズだし、そのための婚約だ」

 そこまで話し、悠臣は柔らかく微笑んだ。

「本当はね、婚約から結婚へと進められたら、それが一番なんだけどね。あなたには未来があるから。その未来を、僕の一方的な思いで塞いじゃいけないとも思ってる。それをしたら、僕もあなたのお父さんと同じになってしまう。だから、七緒さん」

「はい……」

「僕はプロポーズして、あなたはそのプロポーズを受けてくれたけれど、絶対に僕と結婚しなくちゃいけないわけではないんですよ?」

 いつの間にか敬語になった悠臣は、穏やかな表情を崩さないまま話した。

「あなたと僕の立場は対等だ。いや、惚れている分、僕の方が立場は弱い。だから、あなたはあなたの生きたいように生きればいい。婚約を公にしたくないなら、しなければいい。一生婚約者のまま、僕の秘書を続けてくれてもいい。僕はあなたに従うよ。さっきの沢山の習い事だって、本当にあなたがやりたいと望むのなら反対はしない。ただ、僕のためにならしなくていい。僕はあなたが側にいてくれたら、それだけで満足だし幸せなんだ」

「桐矢さん……」

 沢山の言葉を受け取って、それだけで胸がいっぱいに満たされて、七緒は返す言葉を失くした。

 これほどまでに誰かに愛された経験も、深い思いやりを示された経験もない彼女にとって、土曜日のプロポーズからずっと、何だか夢の中にいるような気分だった。

「あの……」

「はい」

「私また、ほっぺたを叩きたい気分なんですけど……」

「え?」

「さすがに二度目はどうかと思いますので……。手の甲をつねるというのは、どうでしょうか」

「え!」
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