愛され秘書の結婚事情
「ちょ、ちょっと待って下さい」
再び暴走しかけた上司を、七緒は両手で制した。
「引っ越すなんてそんな、突然すぎます」
「だけどこのアパートよりは、うちのマンションの方が断然セキュリティはしっかりしてるよ。玄関ロビーにはコンシェルジュが常駐しているし、専用カードがないと部屋に入れないし、至るところに防犯カメラが設置してあるし」
「それは存じております」
七緒はハァと短く嘆息し、「私が申し上げているのは違う問題です」と言った。
「つい先程、桐矢さんのお母様にお会いする話をしたばかりです。まだお母様のお許しを得ていないのに、勝手に同居を始めるわけにはいきません」
「え? まさか七緒さんは、うちの母が君との交際を反対するって思ってる?」
「……その可能性は、大いにあると思いますが」
「ないないない。絶対ない」
悠臣は笑いながら片手を振った。
「僕の予想を教えようか。あの人はまず一番に、君に聞くと思うよ。本当にこの愚息と婚約して後悔しないのか、って」
「まさか」
今度は七緒が笑った。
「そんなこと、絶対に有り得ません」