愛され秘書の結婚事情
「今日のうちに荷物を整理して……。この部屋の契約は継続したまま、当面必要な荷物だけ持っていけばいいかな……」
そう判断し、七緒は預かったカードと鍵を財布に仕舞うと、旅行用のスーツケースとボストンバッグをクローゼットから出した。
その二つに私服と化粧道具などを詰め、出張用に買ったビジネスバッグに愛用のノートパソコンを入れた。
あとは仕事用スーツだが、そこで彼女はポールハンガーに掛かった暗い色彩のスーツを見て、動きを止めた。
彼の母親に挨拶し同居を始めと、二人の仲は急速に進展していると言えた。
だがそれでも七緒はしばらく、婚約のことを周囲に明かすつもりはなかった。
まだこれから二人の関係がどう転ぶか分からない現状、早々に婚約の事実を周囲に明かすことは、悠臣にとってプラスにならない、との判断だった。
だがこのまま順調に進めば、いずれ婚約のことを公表する日はやってくる。
その時、今のような地味で華のない平凡な女……つまり自分が相手だと分かれば、悠臣は世間からまた別の嘲笑を買うだろう。
「泥団子だって、一生懸命に磨けばそれなりに綺麗になるんだから……」
黒と濃紺、その二色しかない手持ちスーツを眺め、七緒はポツリと呟いた。