愛され秘書の結婚事情

「……常務」

 気概の足りない上司に、小森常務は太く厳しい声で言った。

「今回の出張は、台北市の大手ホテルと有名ショッピングセンターの中に、うちのレストランとカフェを参入できるかどうかという、非常に重要な商談が主な目的です」

「うん、そうだね」

「今回の台北進出を足掛かりに、台湾のみならずベトナムやマレーシアなど他のアジア諸国にも出店先を広げていくのが、我社の最終目標です。当然あちらはそのことを見越した上で、こちらの足元を見た条件を提示してくるでしょう。それなのに常務がそのようにニヤついた顔でいらしては、商談の場の緊張感も損なわれます。はっきり申し上げるなら、常務のせいで我社が舐められます」

「あー……そうね……」

 手厳しい秘書の言葉に、悠臣はようやく笑顔を引っ込めた。

「小森君の言う通りだね。ごめん、台湾に到着したら、もう笑わない」
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