愛され秘書の結婚事情

 男がバスルームで自己嫌悪と葛藤の只中にある頃。

 七緒はテーブル上に残されたケーキに気付き、その中身を確認して小さな歓声を上げた。

 有名ケーキ店のデコレーションケーキは、バラを象った飴細工と、ハッピーバースデーの英文字が書かれたクッキープレートが乗り、シンプルながらとても美しく、何より美味しそうだった。

 ケーキには長いロウソクが一本付属しており、悠臣が今日の七緒の誕生日のために、このケーキを用意してくれたことは明白だ。

 七緒はそれを、慎重に冷蔵庫の空いたスペースに収めた。

 それから玄関に置かれた荷物に気付いた彼女は、まずスーツケースの中から片付けた。

 クリーニングに出すものと自宅で洗う物に分け、最新型の洗濯機が置かれた脱衣所に行き、ついでに洗濯籠の中の服も片付ける。

 そこで彼女は控えめに、「桐矢さん」と入浴中の彼に声を掛けた。

「え、なんだい?」

 驚いたような悠臣の声に、七緒は笑顔で答えた。

「スーツケースの中の洗い物とここにある服、全部片付けていいですか」

「えっ……」

 悠臣は一瞬絶句し、「ああ、うん……」と低い声で言った。

「すまないね。ありがとう」

「いいえ。それから、着替えをお持ちします。下着とパジャマを私が適当に選んでよろしいでしょうか」

「……うん。ありがとう」

 やはり悠臣の声には元気がなかったが、それだけ出張がハードなものだったのだろう、と七緒は勝手に解釈した。
< 170 / 299 >

この作品をシェア

pagetop