愛され秘書の結婚事情
男がバスルームで自己嫌悪と葛藤の只中にある頃。
七緒はテーブル上に残されたケーキに気付き、その中身を確認して小さな歓声を上げた。
有名ケーキ店のデコレーションケーキは、バラを象った飴細工と、ハッピーバースデーの英文字が書かれたクッキープレートが乗り、シンプルながらとても美しく、何より美味しそうだった。
ケーキには長いロウソクが一本付属しており、悠臣が今日の七緒の誕生日のために、このケーキを用意してくれたことは明白だ。
七緒はそれを、慎重に冷蔵庫の空いたスペースに収めた。
それから玄関に置かれた荷物に気付いた彼女は、まずスーツケースの中から片付けた。
クリーニングに出すものと自宅で洗う物に分け、最新型の洗濯機が置かれた脱衣所に行き、ついでに洗濯籠の中の服も片付ける。
そこで彼女は控えめに、「桐矢さん」と入浴中の彼に声を掛けた。
「え、なんだい?」
驚いたような悠臣の声に、七緒は笑顔で答えた。
「スーツケースの中の洗い物とここにある服、全部片付けていいですか」
「えっ……」
悠臣は一瞬絶句し、「ああ、うん……」と低い声で言った。
「すまないね。ありがとう」
「いいえ。それから、着替えをお持ちします。下着とパジャマを私が適当に選んでよろしいでしょうか」
「……うん。ありがとう」
やはり悠臣の声には元気がなかったが、それだけ出張がハードなものだったのだろう、と七緒は勝手に解釈した。