愛され秘書の結婚事情

 しかしその笑顔を見た途端、悠臣は「あーーーっ」と声を上げ、両手で顔を覆って左右に体を転がし悶えた。

「は、悠臣さん……?」

 驚く七緒の前でひとしきり暴れた後、悠臣は我慢出来ずに布団ごと彼女を抱き締めた。

「ああもうっ、信じられないな君は! どうして毎日毎日、僕を驚かせることばかりするの! 君があんまり可愛すぎて、心臓発作を起こすところだったじゃないか!」

「は……」

「もう少し老人をいたわってくれないと! もう今日は一日、可愛い顔禁止! 可愛い台詞も禁止! これは上司命令だから!」

「な……」

 そのあまりな言い分に呆れた後、七緒はプッと噴き出して、笑いながら悠臣の顔を見た。

「なんですかそれ! 悠臣さんこそ、面白すぎます……!」

 しかし悠臣は真顔のまま、「ああほら、言った先から!」と怒鳴った。

「そんな可愛い笑顔を見せて、いきなり命令無視だね! 命令違反するたびにキスの罰だからね!」

 言うなり悠臣は、七緒の顔を両手で挟んで逃げられないようにして、その鼻先にチュッとキスをした。

 予想外の場所にキスを受け、目を丸くして驚く七緒を見て、悠臣は「ああまた、可愛い顔をした!」と言った。

 そして今度は、こめかみにキスをする。

 そうやってキスの雨を降らせながら、いつしか悠臣も笑っていた。

 七緒も笑った。こんなに笑ったのは、今まで生きて来て初めての経験だった。

 ベッドの上でじゃれ合いながら、二人はその日一日、ずっと離れずにいた。

 常に相手の体温を感じる距離で、他愛のない冗談で笑って、言葉を交わすようにキスを交わした。

 夕方になると二人とも、あまりに笑い過ぎたせいで頬が筋肉痛になり、そのことにまた笑った。

 七緒も、悠臣も、二人ともこの上なく満たされて、幸せだった。
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