愛され秘書の結婚事情
2.
幸せな週末を終えて、七緒はいつもの時間に出社した。
しかし今日は、会社と一駅しか離れていない悠臣のマンションから出勤したため、電車は使わずバスを利用した。
いつも通り秘書室でのミーティングを終え、退室しようとした彼女を、小森室長が呼び止めた。
「佐々田くん。例の件はどうなった」
七緒はそれが、自身の進退についてを指すとすぐに気付き、慌てて室長の机に向かった。
「はい。こちらからご報告に伺わず申し訳ありません」
非礼を詫びた後で七緒は、「例の件は、ひとまず見送りとなりました」と答えた。
この返事に、小森が珍しく驚いた顔をした。
いつも鋭く周囲を睨んでいるような細い目が、一瞬軽く見開かれる。これが彼の驚いた時の顔だった。
「そうか。意外だな」
「はい。私事でお手を煩わせ、申し訳ありません」
「いや、それはいい。だが本当に問題ないのか」
小森は単に「本当に辞めなくていいのか」という意味で聞いたに過ぎないが、七緒はドキリとして表情を変えた。
この上司にはまだ、悠臣との婚約について話せていない。
先に悠臣は、伯父であり会長である隆盛に報告すると言った。七緒もそれが当然だと思った。
今日悠臣は彼女と同じ時間に自宅を出て、今頃はきっと、隆盛の屋敷で彼と面会しているはずだ。
そして隆盛の返答で、七緒の会社での処遇も決まる。
小森に報告するのはそれからだ。