愛され秘書の結婚事情
四月に入り、七緒の左手薬指に光る大粒のダイヤリングを見つけて、多くの男性社員が嘆きの声を上げた。
悠臣が七緒に贈ったのは、ティファニーのプリンセスカットと呼ばれるデザインで、1カラットのダイヤリングはハイブランドゆえに価格も相当にした。
七緒は当然、「こんな立派な指輪は私には分不相応です」と遠慮したが、悠臣はその清楚で凛としたイメージが彼女にぴったりだと思い、「僕がこれを君に贈りたいんだ」と譲らなかった。
そのエンゲージリングがハイクラスな品であることは、宝石に疎い人間から見ても明らかで、「どうやら佐々田さんは玉の輿に乗ったらしい」「どこかの御曹司に見初められたそうだ」という噂がまことしやかに社内に流れた。
すでに本社幹部と秘書室長、悠臣の専属運転手と医務室の乙江だけが、七緒の相手が誰かは知っていたが、会長のお達しがあり、彼女と悠臣の婚約は上層部だけの秘密にされた。
いずれ二人が結婚すれば嫌でも全員が知ることになるのだが、七緒としてはその時まで身辺を静かに過ごしていたかったため、この会長の配慮は有り難かった。
そして周囲も、まさか七緒の相手が悠臣だとは想像もしないようで、二人の秘密の交際は全くバレないままだった。
だがそれが、思いがけない弊害を生んだ。