愛され秘書の結婚事情

 そして、常務室で秘書が一人、アンニュイな気分に浸っている頃。

 本社一階に、初めて見る客がやって来た。

 英国ブランドのスーツをカッチリと着こなし、日本人らしからぬ上背で俳優のような顔をしたその青年は、その場にいた女性社員の視線を独り占めしながら、真っ直ぐ受付に向かった。

「こちらに、佐々田七緒という女性が勤めているはずですが。呼び出していただけますか」

「えっ……」

 青年に声を掛けられ、受付嬢の一人は上ずった声で言った。

「さ、佐々田さんですか。あの、秘書室の佐々田さんでお間違いないでしょうか」

「そうです、その佐々田七緒です」

 青年は七緒を呼び捨てし、言った。

「塚川央基(つかがわひろき)が会いに来た、と伝えて下さい」

「つかがわひろき様、ですね……」

 受付嬢は復唱し、「少々お待ち下さい」と言って受話器を手に取った。
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