愛され秘書の結婚事情
5.
定刻に会社を出た七緒は、真っ直ぐに待ち合わせのカフェを目指した。
店内は空いており、入り口近くのボックス席にいた央基はすぐに見つかった。
七緒は向かいの席に「お待たせ」と一言断って座り、水を運んで来た店員に「カフェオレ下さい」と注文した。
そんな彼女を、央基は無言で見つめていた。
彼が知っているのは、長い髪をお下げに結って、顔より大きな黒縁眼鏡を掛け、化粧っけのない顔で眉間に皺を寄せ、いつも難しいタイトルの本を読んでいる。そういう少女だった。
だが今、彼の目の前に座っているのは、仕立ての良い上品なワンピースの上に白いジャケットを羽織り、エナメルのパンプスを履いて、完璧なヘアスタイルとメイクを施された、美しい都会の女だった。
「……女って、すげぇ」
「なにぶつぶつ言ってんの」
物心つく前からの知り合いを前に、七緒はティーンエイジャーの感覚に戻って、笑った。
その笑顔は彼がよく知る彼女と同じで、央基もホッとして「久しぶりだな」と挨拶した。