愛され秘書の結婚事情
一〇分後。
問い合わせ五軒目にしてようやく、七緒はちょうど良い店を予約できた。
「ここからタクシーで二〇分くらいの、フレンチのお店。味も雰囲気も良いから、舌の肥えたあんたでも気に入ると思う」
目を伏せがちに七緒が言うと、央基は「ふーん」と呟き、空にしたカップをソーサーに戻した。
「じゃあそこに行くか。タクシーは?」
「今アプリで呼んだ。五分くらいでお店の前に来るよ」
「さすが現役秘書。手際がいいな」
そう言って央基はニヤリと笑った。
けれど七緒は憂鬱な顔で、無言で伝票を手に立ち上がった。
すかさず央基がその手から伝票を奪い、さっさとレジに向かう。
「俺がここに呼んだんだから、俺が払う」
「そう。……ごちそうさま」
店を出たところで、央基はチラと後ろを振り返った。
後をついて来ている七緒は、やはり暗い表情のままだった。
なぜだろう、と彼は思う。
自分といるといつの間にか、彼女にこんな顔をさせてしまう。
自分以外といる時も、大抵無愛想なポーカーフェイスが常の女だが、それでもこんな、お通夜みたいな顔つきにはならない。