愛され秘書の結婚事情

「……なぁ」

 通りに出てタクシーの到着を待ちながら、央基は少しだけ柔らかな口調で言った。

「俺が会いに来たの、迷惑だったか?」

「え?」

 横に並んで立って、七緒は隣の男の顔を見上げた。

 寂しげなその表情を見て、彼女は意外な驚きに目を見開いた。

「別に、迷惑なんかじゃ……」

「じゃあ嬉しかったか?」

「嬉しいっていうか……懐かしい」

 視線を前に戻して、七緒は正直に答えた。

「だってこの街には、昔の私を知る人はどこにもいない。だけど央基は生まれた時からの知り合いで、幼稚園から高校までずっと一緒で。大学は別れたけど、一時期は付き合ってたし、親同士が仲いいから、事あるごとに会ってたし」

「親込みでな」

 その拗ねた口調にクスリと笑い、七緒は「でも親は親で勝手に盛り上がってたから、結局ご飯とかも私とあんたと二人きりで食べたりしたじゃない」と言った。

 だが央基は無言だった。

 七緒は思い出を掘り返しながら、遠い目をして言った。

「央基の家はすごく広くて綺麗で、読書室とかあったから、自分チより居心地良かったよ」

「の割には、高校に入ったくらいから、全然遊びに来なかったじゃないか」

「だって行く理由なかったし」

「俺に会いにくればいいだろ」

「あんたが呼べば行ったけど、呼ばれなかったし」

「呼べば来たのかよ。どうせ勉強があるとか言って、断ってただろ」

「……まあ、その可能性はあったね」

「ほーらみろ」

 すっかり思春期の少年に戻って、英国ブランドのスーツを着た三十路男は、拗ねた顔で空を仰いだ。

「お前はいっつもそうだ。俺のことなんていつも、二の次三の次で……」

「ちょっと、いきなり拗ねないで」
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