愛され秘書の結婚事情

 そこにようやくタクシーが到着した。

「ほら、タクシー来たよ」

 そっぽを向いた男の袖を掴んで、七緒は強引に車の方に引っ張った。

「ちょ、お前、乱暴にするなよ! このスーツ幾らすると思ってるんだっ」

 慌てる央基に七緒は、「チェスター・バリーでしょ。二〇万くらい?」と言った。

「三〇万だよっ!」

 腕を振って言い返し、央基は車に乗ろうとした彼女の肩をぐいと掴んだ。

「レディファーストだ。俺が先に乗る」

 七緒は驚き、先に後部座席に座った男の顔をじっと見つめた。

「なんだよ、乗れよ」

「う、うん……」

 ぎこちない態度で、七緒は央基の隣に座った。

 店の名前と住所を告げると、タクシーはすぐに走り出した。

 そして二人を乗せた車が遠ざかるのを反対側の歩道から、悠臣が呆然とした表情で見つめていた。
< 217 / 299 >

この作品をシェア

pagetop