愛され秘書の結婚事情
それまで黙って話を聞いていた桐矢は、「その人、もしかしてここに来たの」と訊ねた。
「ええ、そうなんです」
「四時くらいかしら。受付に佐々田さんを呼び出してもらったみたいで」
「会話の中身まではよく聞こえなかったんですけど、いつもの彼女とは全然違って、すごくざっくばらんに話してたから、それも驚きました」
「そうそう! シッシ、て感じで手を振って、わかったから早く行って、なんて言ってたよね! あれは完全に、佐々田さんが彼氏を尻に敷いてると見た!」
そこで二人は「意外よね~」と声を揃えた。
「…………」
悠臣は無言のまま、急に、これ以上この会話を聞いていることが耐えられなくなった。
彼女たちが二人を“お似合い”と称したこと。
彼氏を尻に敷いていると思われるくらい、七緒がその男の前で素を出していたこと。
赤の他人が色めきたつほどに、その男が魅力に溢れていること。
そのどれもが悠臣にとって、見たくない認めたくない、現実だった。
「あの彼氏、年は幾つくらいかなぁ?」
「もしかすると、佐々田さんと同い年じゃない?」
「ああ、確かに。なんか同級生カップルっぽいよね」
そこでついに悠臣は、お喋りを続ける二人に背を向けた。
いきなり踵を返した上司の背中に、呑気な二人は「あ、おかえりですかー?」「お疲れ様ですー」と声を掛けた。