愛され秘書の結婚事情

 二代目だがヤリ手と評判の塚川社長は、上機嫌で息子に言って聞かせた。

「よく考えてみろ。あっちがこんな好条件の取引を持ちかけて来たのは、うちが佐々田家に大きな貸しがあると知っているからだ。つまり今回、こちらに有利な条件の取引を持ちかけることで、その貸しを無しにしろって言っているのさ。……あの常務、見た目はなよっとした苦労知らずの坊々に見えたが、なかなかの策士だな。あれが婿に来るのなら、佐々田家もまだしばらくは安泰だろう」

「…………」

「それと、佐々田の馬鹿長男だが、それもあの常務が引き取ってくれるそうだ。海外研修を受けさせた後に、系列店の店長をさせると。確かにあの息子は不動産の営業より、カフェやパンケーキ屋の店長の方がお似合いだ」

 上機嫌で語る父親の声を遠くに感じながら、央基は返す言葉も無く沈黙した。

 央基自身、商売人である父の血を濃く受け継ぎ、ビジネスマンとしての商才はある。だから今回、悠臣が持ちかけてきた取引が、どれだけ会社にとって益のあることかも分かっている。

「……というわけだ。七緒ちゃんの今回の結婚は、うちにとってもかなりプラスになる。お前にはもっといいお嬢さんを見つけてやるから、とにかく七緒ちゃんとの結婚は諦めろ。視察を終えたら真っ直ぐ帰って来い。七緒ちゃんに連絡を取ったりするなよ」

 息子の性格を良く知っている父親は、「これは社長命令だぞ」と言って親子の会話を締め括った。
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