愛され秘書の結婚事情
「くそ……っ!」
忌々しい思いで、央基は手にしていたスマートフォンを壁に向かって投げつけた。
頑丈なケースに入った携帯電話は、ガン、と鈍い音を立て壁に当たり、絨毯の上に落下した。
央基はその電話機を拾い、今度は竜巳に電話を掛けた。
今回の姉の突然の婚約に激昂していた彼ならば、今の自分の窮状に同情し、忌々しいライバルを排除する協力をしてくれるはず、そう思った。
しかしその淡い期待は、見るも無惨に裏切られた。
電話に出た竜巳は今回の転職について、「俺が自分で決めたことなんだ」とキッパリした口調で言った。
「央基兄ちゃんには申し訳ないと思うよ。けど、悠臣さんはすごくいい人だし、姉ちゃんもあの人の隣にいてすげぇ幸せそうだし……、俺としては、あの二人を応援したいんだ」
「お前っ、竜巳、本気で言っているのか!?」
「うん。それにさ、悠臣さんのお陰で、親父と姉ちゃんも仲直りしたしさ。母さんも、今が一番幸せそうだし。とにかく凄いんだよ、悠臣さんは。俺、いつかあの人みたいになりたいって思う」
竜巳のその一言は、央基にとって青天の霹靂とも言える、爆弾発言だった。
「勝手にしろっ!」
電話口に怒鳴って、央基は一方的に通話を切った。