愛され秘書の結婚事情
この公衆の面前でのキス騒動は、すぐに社内中に広まった。
七緒はさっそく、秘書室室長のデスク前に呼ばれた。
「どういうことか事情を説明してくれ」
小森の鋭い目に睨まれて、七緒は苦い顔で「申し訳ありません」と頭を下げた。
「あれは不慮の事故です」
「なんだとぉ?」
小森はそこで、聞き耳を立てている他の秘書達に気付き、「お前らちょっと、席を外せ」と命じた。
室内にいた数名が、かなり不服そうな顔で渋々部屋から出て行く。
室長と二人きりになり、七緒はホッと表情を緩めた。
「今日来た男性は、塚川グループの御曹司だそうだな。古い知り合いだとか」
「はい。幼馴染です」
「桐矢常務もご存知なのか」
「知っています」
「君にその……キスしたってことは、相手は……」
「先日、結婚を申し込まれました」
七緒はそう答え、ハァと嘆息した。
「ちゃんと断ったのに……諦めの悪い男なんです」
「そうか……。まあ、常務もご存知ならいい。だが今日みたいなことが続くと、君自身の社内の立場が悪くなる。以後気をつけるように」
「……はい。申し訳ありませんでした」
七緒は深々と一礼し、秘書室を出た。