愛され秘書の結婚事情

 1DKの部屋のキッチンを通り過ぎ、表通りに面した窓から下を見る。

 ハイヤーはまだそこに停まっていた。

 けれど部屋の明かりが点き、七緒がカーテンを引いて外に顔を見せると、それを確認した後で車はエンジンを掛けた。

 前も同じだった。

 会食に同席した七緒を、悠臣は自宅アパート前まで送り、彼女が自分の部屋の窓から顔を覗かせるまで外で待ってくれていた。

 最後の最後に変わらぬ優しさを見せられて、七緒は堪えていた感情を爆発させた。

 一体何がそんなに悲しくて辛いのか分からないまま、その場に膝を突いて彼女は泣いた。

 表に泣き声が洩れることも忘れ、ただひたすらに泣き続けた。

 こんなに泣いたのは、小さい時から仲良くしていた犬が天国にいってしまった、大学二年の夏以来だった。
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