愛され秘書の結婚事情
悠臣のことが嫌なわけではない。むしろ、彼と結婚できる女性は幸運だと思っている。
ただ自分がその幸運を享受できる立場にはない、とも思っている。
(常務なら、外見も内面も美しいご令嬢と、いくらでも再婚できるはずだし……)
自宅に鍵を掛け、七緒はまた気付かない内に、悠臣のことを考えていた。
(常務が私みたいな子を好きになったのは、きっと、毎日隣にいて、他の女性と深く知り合うチャンスがなかったからだし……)
アパートの階段を降りながら、七緒はそう自分に言い聞かせた。
いつもの道順でいつもの電車に乗り、見飽きた景色を吊り革に掴まって眺める。
(この景色とも、あと少しでお別れかな……)
らしくないセンチメンタルに浸りながら、つい先程の決心が、小石の上に積まれた大石のように、グラグラ揺れるのを感じた。