先輩と私と美術室
「だから、柏木瞬です」
フリーズ…。
本人の前で色々言っちゃったけど…。
確かに顔整ってるし、女子がキャーキャー言うのもわかる気がする。…私は言わないけど。
じゃなくて!!
「…ごめんなさい、色々と」
「いいよー、別に」
軽く笑って流してくれた。
いや、ほんとに2年にもなってモテる先輩の顔と名前が一致しないなんて…。
興味がなかったんです…なんて言えないけど。
「で、君は坂井美希ちゃんでしょ?」
「え、なんで知ってるんですか…?」
え、私なんか問題児だったっけ?やらかしたっけ?
頬に手を当てて考え込む。
いや、入学してからこれまで1度ども呼び出しとかくらったことないし、問題も起こしてない(と思う)。ぼーっとしてて先生に注意されることはあるけど…。
「そこの学年が入学した時に、坂井美希って子が美人って一部の男子内では有名だったからね」
「なんですか、それ!」
そんなの聞いたこともないわ!!てゆーか、情報の早い玲奈なら絶対知ってたでしょ!
はぁ、明日聞いてみよ…。
「入学当時結構告白されてたでしょ」
「え…」
柏木先輩ほんとになんでも知ってるな…。
ちょっと怖くなってきたわ…。
「ちょっ、そんな変な目で見ないで!噂で聞いただけだから」
慌てて、弁解する先輩。
いや、そんなの噂で知られてるなんて…。
「もしかして他になんか私の変な噂、あります?」
「うーん、告白しても100%振られるから告白すんのはやめとけ、くらいかなぁ」
いや、誰かも知らない見ず知らずの男の人に「好きです、付き合ってください」なんて言われてもねぇ…。
1年の三学期になると告白してくる人はほとんどいなくなったけど…。いまは、年下からも告白されることがある。
まぁ、全部断ってるけど…。
「そーゆー、柏木先輩だって告白され放題じゃないですか?」
玲奈が噂好きだから、なんでも耳にはいってくる。
○○先輩が告白されただとか、○○ちゃんと○○くんが付き合い始めただの。
もちろんモテる柏木先輩のことも耳に入ってくる。
「うーん、最初は付き合ったりしてたんだけどね」
「先輩だったら、女の子選び放題ですもんね」
「美希ちゃん、今日が初対面なのに人聞きの悪いこと言うねぇ」
「嫌味じゃないですよ…?」
これが私の性格なんで許してください。
苦笑しながらそう言うと、「許す」と笑いながらそう言われた。
「なんか、合わないんだよね」
「性格が、ですか?」
「性格が、っていうか、最後は"なんか思ってたのと違う”って言われて終わるんだよね」
「…それ、先輩がその女の子のこと好きじゃなかったからじゃないですか?」
「やっぱ、そー思う?友達にもそう言われた」
先輩は苦笑しながら柵に肘をかけ、背中を反らせ空を見上げた。
「好きになろうと頑張ったんだけどなぁ」
「無理やり好きになるのは良くないと思います」
「そーだよなぁ。…あ、飛行機」
「え、どこですか?」
「ほら、あそこー」
先輩が指さした先に、薄暗くなった夕焼け空に飛行機雲を描きながら飛んでいく飛行機があった。
「初対面なのに、変な話してごめんね」
「いえ、楽しかったですよ…?」
「そろそろ、鬼ごっこもおわるかなぁ」
美術室内の時計を見ると6時近くになっていた。
「私、そろそろ帰ります」
「ん。…そーいえばなんで美術室いたの?美術部なんて存在したっけ?」
「あぁ、先生に言って絵を描くために美術室使わせてもらってるんです」
美術部は4、5年前はあったらしいけど、部員不足で無くなったらしい。
「絵、描いてるんだ…?」
あ、話の流れ間違えた…。
あまり、突かれたくない所を突かれてどう応えようかと悩む。
「…まぁ、はい。スランプ状態ですけど…」
「ふぅん。あ、LINEきた。…鬼ごっこ、先生に見つかったから終わるって」
歯切れ悪く応えたのを察してか、話を逸らしてくれた。
「先生に見つかっちゃったんですか」
「うん、それも谷センに」
「あぁ、おつかれさまです」
谷センというのは谷中先生のこと。体育系教師で生活指導の先生でもある。まぁ、とにかく厳しいし、こわい。
「ま、俺も帰ろうかな」
「谷センから逃げる、ではなくて?」
「それもある」
そんなことを言いながら、美術室に戻る。
窓の戸締りをしていたら、先輩も手伝ってくれた。
「…これに絵描くの?」
先輩がいつの間にか真っ白なキャンバスの前に立っていた。
「はい。まぁ、なんにも描けないんですけどね」
「意外と大きいね」
100×80cmのキャンバスは普段の美術の授業で使うのよりは大きい。
出そうと思っているコンテストは制限がなく、
自由なサイズで良いということだったから前に買ったキャンバスを持ってきた。
「…なに描いたらいいと思います?」
聞かれても困るだけだと思うけど、ダメもとで聞いてみた。
うーん、と腕を組み悩む先輩。
なんか、申し訳なくなってくる。
「…ごめんなさい、忘れてください」
「ううん、ごめんね。役に立たなくて」
「いえ、こちらこそすみません。変なこと聞いちゃって」
準備室から出して何もしなかったキャンバスと、イーゼルをしまう。
「でも、自分が好きなものを描いていいと思うよ」
「…え、」
それはどういう意味ですか、なんて言葉はチャイムに遮られた。