ティラミスとコーヒーゼリー
高校球児たちの夢が詰まった球場に行って、試合が始まってすぐには、彼の姿は見られなかった。
終盤になって、代走として出てきたのが、なんとなくわかったくらい。盗塁を成功させ、足の速さを見せつけていた。
結果、代表として、甲子園出場への切符をつかみ取った。
試合が終わり、選手たちが帰るころまで待った。今日は、どうしても、話したいことがあったから。
「あ、あの! 猫田くん!」
女子がほかの球児たちに声をかけているいまがチャンスだと思い、わたしも思い切って彼の名前を呼ぶ。
「えっと…」
わたしの存在に気づいてくれた彼が、こちらを向いた。
「わ、わたし、隣のクラスの、瀬名です。
今日の試合、おつかれさま…!」
「…あぁ、ありがとう。まぁ、おれなんて、出てないようなもんだったけど」
「ううん、盗塁するところ見てたけど、十分すごかった!
甲子園、おめでとう。猫田くんなら、きっと甲子園の打席に立てると思う」
「良くても負け試合の代打かな。でも、打席に立てるって思ってくれて、ありがたいよ」
「それで、その…」
「ん?」
「変なお願いだとは思うんだけど、もし、猫田くんが甲子園に出場できたら、わたしとプリ撮ってくれませんか!」
おそらく予想外なことを言われたせいか、猫田くんは黙り込んでしまった。
―――あーあ、言っちゃった…心臓、バクバクしてる…
わたしの、一世一代の告白。緊張はマックスだった。
わたしの問いに、何も答えてくれない相手に、不安を覚えながら、返事を待つ。
「いま、写真撮ってとかじゃなくて、そういう理由で撮ってほしいって………
瀬名さん、おもしろいひとだね。いいよ。撮れない確率の方が高いと思うけど」
「え、ほんとに…いいんですか? そんな安請け合いして…」
「いいよ。自分の願掛けにもなりそうだから。打席に立てるように、練習がんばるわ」
「応援してるね。引きとめてごめんなさい。今日は本当におつかれさま」
とある夏の日、わたしは今度は夜行バスに乗って長旅をした。
行き先は、高校球児の夢と憧れと、魔物がいる甲子園球場。
貧乏な高校生、滞在時間は1日未満。
それでも、彼の勇姿を画面越しではなく、肉眼で目に焼き付けることができたから、後悔はない。
初戦は突破できたものの、2回戦敗退となってしまった、わたしの母校でもある高校。
本当にプリを撮る約束を果たしてくれた、彼のやさしさを知った夏。
その夏が明けたら、彼は夏休みの前に、同じクラスの女子と付き合っていることを知り、やさしさが残酷なものであることも思い知った。
切符を勝ち取るには一筋縄ではいかず、たとえ勝ち取れても、そこに立ちはだかる壁は高すぎる、それはまるで夏の甲子園のような、とても厳しい現実だった。