ティラミスとコーヒーゼリー




「ちょっと、何してんの?」


部屋の片付けを手伝ってくれている友人の声ではっと我に返る。


「ごめん、なんか思い出しちゃって」
「思い出す? …あぁ、それか」

彼女はわたしの手元を見ながら、妙に納得していた。


「あー、志希がお嫁に行くなんて。天地がひっくり返ってもないと思ってたのに」

「悪かったね。でも自分だって婚約者いるくせに。
 わたしが結婚できるって、ほかのだれよりも自分が一番驚いてるよ」

「相手が相手だもんねぇ、巡り合わせってすごいね」


わたしが結婚することを冷やかしてくるけれど、彼女がいちばん祝福してくれたと思う。






猫田くんに彼女がいることが発覚してから、わたしの中にみじめさが広がっていき、せっかく手にした貴重なもの…猫田くんとのプリントシールをぐしゃぐしゃにまるめて捨ててしまおうかと思った。

その気持ちを制してくれたのが、この彼女だ。

高校時代にわたしがつるんでいたグループの子ではなく、ひとつ年上の彼女。


吹奏楽部に所属する彼女は、甲子園でも演奏で応援に参加していたらしい。わたしはその現場を目撃することはできなかったけれど。



「過去のきれいな思い出を、いまの感情で汚すなんてもったいない」



わたしがぐしゃぐしゃにしようとしていたところに、ちょうど居合わせた彼女がそう言った。

そのときのわたしには、その言葉が胸にストンと落ちた。


あれから10年、未だにきれいに保存している。思ったよりシールが劣化しないことに驚いたけれど、映っているふたりの姿は、やはり時代を感じる。



「じゃあ、また後でね」
「本当にありがとう。またね」

ほとんどの片付けを手伝ってくれた彼女を駅まで見送った。外はもう日が落ちてきてしまった。



【本日のスタメンはこちら…】

スマホの通知が来る。プロ野球の公式のSNSアカウントが今日のスタメンの発表をした。
さっそくアカウントを確認をすると、9番。
迷惑かと思いつつ、遠くから応援しているということだけを連絡した。





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