太陽に抱かれて

「Tenez.(どうぞ) 」

　しばらく共に過ごしていたからだろうか、画家がなにを求めているのか、それとなくわかるようになっていた。
　口に絵筆を咥え、宙に彷徨わせた男の手に、先ほど腰からこぼれおちた布を拾って握らせる。
　突如ももがパーソナルスペースに入り込んできたとあって、男は怜悧な瞳を珍しく丸くした。
　といっても、それはほんの数秒に満たない。

「……ありがとう」

　礼を述べるやいなや、すぐさま瞳を元に戻すと、彼は咥えていた筆をパレットを持っていたほうの手にとって、器用に筆先を拭い始めた。

　油絵の具は、水彩絵の具と違って水では落ちない。専用のクリーナーを使ってーーいつもアルミだか鉄だかの缶に入っているーー落とすのだが、その前に筆についた絵の具を男は布で綺麗にする。
　彼の手が宙でなにかを探す瞬間を、ももは見逃さなかった。

「どういたしまして」

　出会ってまだ一ヶ月も経っていないというのに、その自分の観察眼に心の中で呆れと賞賛を贈りつつも、ももは油彩絵の具の香りを嗅ぎながら、まなじりを弛めて、男が道具を片付けるのを眺めた。