太陽に抱かれて

第二話

 不思議なことに、その次の日から、ももは朝ヴェルノンのブーランジェリーで二人分のクロワッサンを調達するようになっていた。また、あるいはカカオの香ばしいパン・オ・ショコラを。できるだけ焼き上がる時間を狙ってヴェルノンまでの列車に乗り、三つ、四つ袋に詰めてもらって、光の丘に向かうのだ。


「ボンジュール。ムッシュー・ロンベール」

 彼女の新たな習慣は、また、新たな発見でもあった。
 朝のさわやかな空気にはいささか刺激的な香りを運びながら、ももはアトリエに顔を出す。
 そこにシモンの姿はなかったものの、すぐに奥からのそのそと床を擦る足音が聞こえてきた。

「ボンジュール、マドモワゼル」

 ふわふわと寝癖のついたグレーの髪、口元には無精髭。起きたばかりにも、はたまたいつもどおりにも見える無防備な姿に、ももはかすかに眦を緩めながら、首に巻いたコットンのストールを外す。

「調子はどうですか」
「悪くないな。君は」
「わたしも、まずまずですね」

 などと形骸的な挨拶を交わし終えると、男が、スン、と息を吸いこんで、ももの腕の中を見た。

「……パン・オ・ショコラか」
「はい。ちょうど、焼き上がったところで。よければ、いかがですか」

 気難しい顔の男に、ももはたじろぐこともなく、紙袋を差し出す。

「君のは」
「別に包んでもらってあります」

 言って鞄をぽんと叩くと、シモンは彼女の手に握られた香ばしい袋を一瞥して、くい、と顎をそばのテーブルへ向けた。

「そこに置いておいてくれ」

 そして、頭をがしがしと掻くと、そそくさと自分の城へと戻っていった。

 だが、その足取りがそこから出てきたときよりも、幾分か軽やかなことをももは知っていた。


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