太陽に抱かれて

 カンヴァスをブルーグレーに染め上げ、刷毛を筆に持ち替えたシモンは、指先で下塗りが乾いたかを確認して、ついに本描きを始めた。
 ザッザッ、音を立てながら流れるような手つきでカンヴァスをなぞる。そこには一切の迷いがない。

「……きれい」

 うっとりと呟いたももを、シモンがちらりと一瞥を寄越したことに彼女は気づかない。

 捲り上げたシャツから伸びる、逞しい腕。カンヴァスを左から右へ忙しなく動くたびに、そこには太い血管が浮き上がっている。広い肩、がっしりとした首。
 グレーの髪がさらりと揺れては額を掠め、頬骨の天辺は光に艶めき、深い眼窩には影が。

 鼓動が速くなる。
 呼吸が、浅くなる。


 いつしか、ももはあることを思うようになっていた。

 画家の、髪に指を通し、梳かすような繊細な筆使いに。纏っているヴェールを手繰って、その下に隠された柔肌を味わう、熱く、はげしいまなざしに。

 ――彼に描かれるのは、どんな、心地なのだろう、と。

 自分の中に沸き上がる感情に、ももは戸惑う。自己顕示欲にも、独占欲にも似たその感情は、かつて感じたことのないような、もはや衝動だ。

 そして同時に疑問も抱いた。
 彼の絵画に、人間が存在しないことを——。
< 24 / 45 >

この作品をシェア

pagetop