太陽に抱かれて
カンヴァスをブルーグレーに染め上げ、刷毛を筆に持ち替えたシモンは、指先で下塗りが乾いたかを確認して、ついに本描きを始めた。
ザッザッ、音を立てながら流れるような手つきでカンヴァスをなぞる。そこには一切の迷いがない。
「……きれい」
うっとりと呟いたももを、シモンがちらりと一瞥を寄越したことに彼女は気づかない。
捲り上げたシャツから伸びる、逞しい腕。カンヴァスを左から右へ忙しなく動くたびに、そこには太い血管が浮き上がっている。広い肩、がっしりとした首。
グレーの髪がさらりと揺れては額を掠め、頬骨の天辺は光に艶めき、深い眼窩には影が。
鼓動が速くなる。
呼吸が、浅くなる。
いつしか、ももはあることを思うようになっていた。
画家の、髪に指を通し、梳かすような繊細な筆使いに。纏っているヴェールを手繰って、その下に隠された柔肌を味わう、熱く、はげしいまなざしに。
――彼に描かれるのは、どんな、心地なのだろう、と。
自分の中に沸き上がる感情に、ももは戸惑う。自己顕示欲にも、独占欲にも似たその感情は、かつて感じたことのないような、もはや衝動だ。
そして同時に疑問も抱いた。
彼の絵画に、人間が存在しないことを——。