太陽に抱かれて
その日、ヴェルノンの街並みに太陽がどんどん近づいて、やがてその光が弱まっても、ももは男の戸外制作をただ見つめていた。
会話など一切なかった。
目の前の大男がその逞しい腕で絵筆を握るのを一心不乱に目に刻み、「終わりだ」と筆を置く頃にはももの喉はカラカラになっていた。
時間にすると、かなり長い時間だったに違いない。だが、不思議なことに、それはパリからヴェルノンまでの列車よりもはるかに短く感じた。
流れるように描かれるセーヌ河畔。風そよぐ草原、水面を揺らす大いなる川、中世の趣を残したヴェルノンの街並み、そして、空。
目に映るものよりも深い印象と感銘をももに与え、深く冷たい水底に眠っていたももを太陽のさんざめく水面まで引きずりあげた。
特に、単一の青や白だけでなく、黄色や赤、時には淡墨を用いて表現されていく様は、ただ美しいと思う空に新たな一面を齎した。
パリの十三区、トルビアック駅——パリの中華街にあたる——に構えたアパルトマンに着いてもその高揚は冷めやらず、シャワーを浴びる間も居間でぼうと聞こえてくるサイレンを耳に流す間も、あの光のカーテンを纏った画家とその絵を瞼の裏に描いていた。
そして、ベッドに入る頃には、次の日もジヴェルニーに訪れよう、とももは心に決めていた。