アンティーク
「でも…………もし、彼女があなたと付き合うならそれで構いません。だけど、自分で彼女から離れることはしたくない」
「そうですか……。コンクール、ぜひ聴きに来てください。これ」
僕は、詳細が書かれてある紙を彼に渡す。
「1つだけ僕から良いですか」
「はい」
「誰にかに取られる前に、行動した方がいいですよ。彼女は最近、交友関係を広めていますから」
「アドバイス、ありがとうございます」
本当に、彼にはその顔にも中身にも嫉妬したくなる。
僕は、流れそうな涙を堪えて店を出ようとした。
「待ってください」
しかし、彼の声で止められる。
「これ、良ければ」
彼は僕に、小さなグランドピアノを渡してきた。
「店長が僕にくれたんですが、きっとピアノを弾くあなたが持っていた方がこれも幸せでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、堪えていた涙が溢れてくる。
その涙を見られたくなくて、彼に背中を向けた。
「ありがとうございます」
「いえ。……今度、あなたの弾くピアノを、彼女の伴奏じゃなくてあなたのピアノを聴かせてください。もしよければ、その姿を描かせてください」
「ははっ、僕なんかじゃあいい被写体にはなりませんよ」
「いえ、そんなことないです」
後ろから聞こえる彼の声は落ち着いて、少し高めのそれは耳障りが良かった。
「また、来てください。アンティークって、心、落ち着きますから」
「…………はい」
そして、次こそは本当に店を後にした。