アンティーク
今日は一段と空気が冷たい。
もう、冬だ。
ピアノを弾く指もそれのせいでいつもより動きが鈍くて、僕はホッカイロでその手を温める。
だんだんと血が通ってその手に感覚が戻ってくる。
すると、タイミングよく彼女が練習室にやって来た。
「寒いですね」
「うん、そうだね」
外から来たばかりの彼女は、マフラーをしていてその顔は半分隠れている。
見える部分は、赤くなっていた。
「あのさ」
「はい」
「クリスマス、いいよ。好きなように過ごして」
「……どうしてですか?」
「そこまで僕が縛る権利はないから」
「…………翼くん」
彼女が僕の名前を呼んだ。
「私、翼くんのピアノが好きです。…………私が勝手に感じていることなんですけど、翼くんのピアノって私のヴァイオリンの音にぴったり合うんです」
それは、僕も同じく感じていた。
彼女とそれを思っていたことが、なによりも今の僕にとっては嬉しい。
「翼くんは、いじめられた経験ありますか?」
「え……?」
彼女はマフラーを外して、僕の目を見る。
その顔は、美しかった。
「私、私大学に入るまでいじめられていたんです。友達が1人だけいつも側にいてくれました……そのおかげできっと不登校にならないで卒業できたんです。きっと、翼くんが言う哀愁漂う音は、そういう私の経験から来てると思います」
知らなかった彼女の過去を初めて聞き、胸が締め付けられる。
本当に、僕は彼女のことを何も知らない。
「だからもしかして、何か翼くんも抱えているのかなって、自分ではどうしようもないもやもやを」